「エチュード」 今野敏 中央公論新社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

渋谷の雑踏の中で発生した無差別殺傷事件。
善意の一般市民のおかげで犯人はあっさり取り押さえられた。だが犯人は「俺じゃない」と犯行を否認する。
衆人環視の中で行われた疑いようもない事件なのに――。

そしてまったく同じシチュエーションで新宿でも無差別殺人が起きる。
共通点はいずれの場合も、逮捕の協力者が事件後いなくなっていること。
そして、その協力者の人着を警察官たちの誰一人として記憶していないこと――。

そのことに違和感を覚えた警視庁捜査一課・碓氷弘一は、相棒となった警察庁心理調査官・藤森紗英の力を借りて真相を突き止めるべく動き出す。
事件を起こした人間を誤認させる犯人の姦計と紗英の心理戦が始まる。




エチュード (C・NOVELS)



「あれ? 今野敏さんなんて読むんだっけ?」


「あんまり読まないんだけどね。今回はちょっと帯の惹句にひかれたんだ」


「“犯人を誤認させるトリック”ってやつ?」


「そうそう。確かそんな感じの。好きなんだよな、心理トリックみたいなの」


「わかるわかる。僕も物理トリックよりも心理トリックのほうが好きだな。物理トリックって『ちいさな現象を引き起こすのにそんな大がかりなことをしていたのか!』っていう驚きじゃない?」


「まあ全部が全部そうとも言えないけど、手品のイリュージョンなんてそうだよな。人間ひとり消すのに舞台全部が機械仕掛けになっていたりとか」


「でも心理トリックはその逆でさ、『人間の心理的盲点をつくことによりちいさな行為で大勢を騙す』ところが面白いと思うんだよね」


「うん。確かにこの作品のトリックというのがまさにそれだな。衆人環視の中で犯人が別人を身代わりにして、自分は逮捕協力者を装ってまんまと現場を離れることに成功している」


「そんなことが可能なわけ? それが本当ならかなり興味深いトリックだなあ」


「タネを明かされると『なあんだそんなことか』と思うだろうけどね。でも優れたマジックというやつは実際そういうものだろうし、それを証明するために心理捜査官の藤森紗英が大勢の刑事の前で実験をしてみせるシーンも作中にはある」


「実験だって?」


「そうなんだ。紗英は犯人と対決する前に、まず心理捜査に違和感を覚えている頭の固い刑事たちと対決しなければならない。彼らを納得させなければ、狡猾な犯人にまんまと逃げられることになってしまう。そのあたりも本作の見せ場かもしれない」


「でも…なんかそれって結構ステロタイプな感じが…」


「まあまあ、そう言うなって。僕もそう思ったけれど王道も悪くないぜ」


「おっ、じゃあ結構評価している?」


「うーん。そう言われるとね。ストーリーがかなり淡泊というか……まるでダイジェストでも見せられているような感じがした。無駄な部分がなくてテンポ良く進んでいくので読みやすいし、紗英の推理がズバズバ的中するのは読んでいて気持ちが良いけれど、さすがにご都合主義が過ぎるという気もしたしな」


「寄り道がないってことかな?」


「まさにそうだね。たとえば、犯人のトリックで誤認逮捕されている容疑者たちが逮捕後一切、物語には登場しない。事件の異様さから他のセンを考えるのも当然だけれど、同時に容疑者もちゃんと取り調べなくちゃいけないよな。そのへんの描写が何もないんだよ。もちろん、実際に捕まっている容疑者は真犯人じゃないわけだから、それは不正解なんだけど、そういう紆余曲折というか、寄り道があってこそのミステリだろう。正しい推理へまっしぐらじゃ、面白みに欠ける」


「確かにねえ」


「ま、とは言ってもリーダビリティの高さは評価したいし、トリックそのものも合理性があった。最後のトリックは完全に読めてしまったけど…つまらなくはなかったね」


「結局、評価しているんだかそうでないんだか、よくわからないね(笑)」