「砂漠の悪魔」 近藤史恵 講談社 ★★★ | 水底の本棚

水底の本棚

しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

俺が不幸になれば、夏樹の魂は救われるだろうか。
「信じていた人に裏切られた」という遺書を残して、親友が自殺した。
逃亡を続けるなか、広太が見た真実とは!?

大学生の広太は小さな悪意から親友を死なせてしまう。平凡な大学生活から一転、極寒の北京で日本人留学生の鵜野と出会い、広大な中国西部を旅することに……。
終着地のウイグル自治区で、広太は生きる意味を見いだせるのか?


砂漠の悪魔


「どこへ行くんだろうって思った」


「誰が?」


「いや。この物語がさ」


「物語はどこへもいかんだろう。どういう意味?」


「だってさ、物語は主人公の広太の親友である夏樹が自殺するところからはじまるわけ」


「近藤史恵さんの作品で言えば『青葉のころは終わった』みたいな青春ミステリのような出だしだな」


「そう思うよね。でもその後、話は奇妙な方向に進むんだよ。実はその夏樹が死んだのは広太に原因があったんだ」


「え? 二人は親友なんだろ?」


「親友だと思っていたのは実は夏樹だけでさ。広太は夏樹にうんざりしていたんだよ。だから夏樹が片思いしている女性と恋仲になった広太は彼女に夏樹と付き合うように命令をするんだ。そして…しばらく付き合った後、彼をこっぴどく振ってやれ、と」


「ひどい話だな」


「でしょ? で、夏樹は失恋と親友に裏切られたショックで自殺してしまうわけだけど、その夏樹の父親というのが厳格な警察官で……暴力団対策課の刑事、いわゆるマル暴というやつなんだよ」


「なんだぁ? 話が急に変ったな。ここで夏樹の親父にどういう関係があるんだ? そりゃ息子が自殺する原因を作った男のことは許せないだろうけど、だからって法律上は彼を裁くことはできないだろ」


「確かにね。でも、暴力団が広太を脅していたとしてもそれを見て見ぬ振りすることくらいはできるじゃない?」


「あ、そういう展開?」


「そうなんだ。広太に目をつけたヤクザが彼の弱みにつけこんで彼を運び屋として雇おうとする。広太は真面目なただの大学生だから、税関だってノーマークだよね。で、彼は中国に渡る」


「何それ? 急に青春ミステリからサスペンスになるのか?」


「だから言ったじゃない。この物語はどこにいくのかって思ったって」


「そこから舞台は中国へ移るわけ?」


「そう。で、ヤクザから逃げる目的もあって、広太は北京で偶然出会った日本人留学生の鵜野の手引きで、広大な中国西部を旅することになるんだよ」


「なんだかわけわかんねーなあ。面白いのかそれ?」


「正直、中国大陸を旅するきっかけがヤクザから逃げたりからだとか、そもそもヤクザに目をつけられるようになったのは友人の自殺の原因を作ったからだとか、あまりにも強引で、もうちょっと他の展開の仕方があったんじゃないかと思わなくはなかったけど」


「だよな。何なら、ヤクザの情婦に手を出して逃げ回ってるとかのほうがまだすっきりする。ありきたりだけど」


「でもさ。広大な中国大陸で。日本とはまったく違う文化とか。風とか。匂いとか。そういうのを感じながら、亡くなった友人のことを思うその心理描写は結構良かったよ。近藤史恵さんの文体に異国はあっている。波瀾万丈のストーリーなのに、ハードボイルド小説のような厭らしいねちっこさがないというか」


「なるほどね。ところで、タイトルの『砂漠の悪魔』はどこに登場するんだ?」


「うん。それはラストまで読んでみないとわからない。本当に本当の終盤にきてその意味がわかる仕掛けになっているんだよ。その登場があまりにも唐突で、しかもさらっと書いているもんだからずいぶんと拍子抜けした」


「登場? 『砂漠の悪魔』っていうのは抽象的なものじゃなくて実体のあるものなのか?」


「実体があるかと言われれば……答えに窮するけど……少なくとも抽象的なものや心理的なものではない。物理的に存在するんだよ。でも、それをもうちょっと早く出しても良かったような気がする。残りページもあとわずかってところでさ。エンディングまでは駆け足だし。ある意味、ヤクザなんかよりもはるかに恐ろしい『悪魔』なんだけど、その使い方に疑問が残ったなあ」


「ふうん。そう聞くとかえって読みたくなるな」


「近藤史恵さんは軽めのミステリから、ドロドロした恋愛小説、時代小説、サスペンスまで様々なジャンルの作品を書く人だけど、どの作品のファンかによってこの小説の評価は分かれるかも。彼女に何を期待しているかってことでね。この小説は今までのどれにも似ていない気がするから」


「近藤史恵さんの小説は無条件に読むんでしょ? じゃあ、あまり関係ないじゃん」


「あはは。そうだね」