僕がマユに出会ったのは合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて…。
甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説……と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語になる。
裏表紙の梗概には「必ず二回読みたくなる」と書かれていました。
初読と再読の印象が変わるのは、どんな小説にも言えることです。
それが同じであるはずはないですよね。
逆に、再読する気にならないような小説はそもそも初読だって面白いはずもない。
だから、「何を当たり前のことを言ってるんだ」というような気分で、この梗概を読んだわけです。
でも、最後まで読み通して、僕は梗概に書かれている言葉の意味がよくわかりました。
物語は終始、どこにでもある当たり前の恋愛小説でしかありません。
マユとたっくんの青春物語はあまりにもありふれていて。
だからこそに、誰にも思い当たるようなところがあって、心の片隅に残っているちいさな思い出の欠片を刺激されたりもするのですが……そう、さほど特別な物語とも思えません。
男と女が出会い、愛し合い、距離と時間に翻弄されすれ違い、そして別れのときを迎える。
それだけのお話です。
これはどう考えてもミステリ小説ではない。誰もがそう考えるでしょう。
しかし、最後の二行で、恋愛小説の顔をしていた物語は一瞬にしてミステリ小説に姿を変えるのです。
それも、精緻に描かれた見事なミステリに。
そんなわけでここからはねたばらし。未読の方は絶対に読んじゃダメです。
もちろん、読んでいる間、ちいさな違和感はたくさんありました。
どう考えても不自然じゃないかと思うような事柄も。
後になって考えれば、あまりにもあからさまな伏線だていくらもあるのです。
ただ、それらはあまりにもうまく隠蔽されていてなかなか真相には気がつけません。
何と言っても、一番巧いのはマユのキャラクターですね。
まさか彼女が……という先入観が読者の目から真相を遠ざける一番の煙幕になっています。
作者に騙されたというよりも、どちらかと言えば僕は「マユに騙された」という印象が強いです。
後になって一番、あっ畜生と思うのは、マユが初めて夕樹と食事に行ったときのシーン。
コンタクトレンズの話題から急にパンツのタックの話をし始めるマユ。
あまりにも唐突だなとは思いましたが、彼女の誤魔化し方のうまさに完全に一本取られましたね。
それから夕樹という名前から「『夕』はカタカナの『タ』に似ている。だからタキで、たっくん」という呼び名のつけ方。それはちょっと強引かなとは思いましたが、彼女の真意にはそこで気づくことはできません。
ああ、ホント、女性というのは悪魔的に嘘が巧い。
男はきっと何世紀かかっても女性には勝てませんよたぶん。
でも騙されて悪い気はしません。
むしろあまりにも鮮やかに一本取られて、かえって爽快。
楽しい趣向の小説だなあと思いました。