「十角館の殺人」 綾辻行人 講談社 ★★★★★★ | 水底の本棚

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

半年前、凄惨な四重殺人の起きた九州の孤島に、大学ミステリ研究会の七人が訪れる。島に建つ奇妙な建物「十角館」で彼らを待ち受けていた、恐るべき連続殺人の罠。

生きて残るのは誰か?

犯人は誰なのか?
鮮烈なトリックとどんでん返しで推理ファンを唸らせた新鋭のデビュー作品。



十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)



年に一度くらいは読み返す、バイブルのようなミステリが僕には何冊かある。


この「十角館の殺人」はその中の一冊だ。


ミステリ小説には二種類あると思う。

ひとつは「初読が一番面白い作品」で、もうひとつは「再読のほうが面白い作品」だ。


「十角館の殺人」は基本的にはネタが割れてしまっていてはその魅力が半減するタイプで、明らかに前者に属する作品だと思う。


にもかかわらず、僕は飽きることなく、この作品を何度も読み返している。


なぜか。



それは僕にもよくわからん。


まあ、要するに面白いから。なのだろう。


「新本格」というジャンルをこの世に確立することになったその先駆けであることを考えると、本作はそれだけで十分に価値があるように思う。


もちろん、本作の価値はそれだけではなくて。

犯人の名前が明かされたときの衝撃度で言ったら本作を超えるものはおそらく存在しないだろうと思う。


あの一行の、あの衝撃は日本のミステリ史に未来永劫、残るだろう。


つい、ここに書いちゃうので未読の人は要注意だ。



「ほほう。大家の名ですな、守須君は、じゃあ、モーリス・ルブランあたりですか」
警部は調子に乗って尋ねた。
守須はひくりと眉を動かしながら、いいえ、と呟いた。それから、口許にふっと寂しげな微笑を浮かべたかと思うと、やや目を伏せ気味にして声を落とした。
「ヴァン・ダインです」


有り得ないことが現実に起こったという驚き。決して忘れることのできない衝撃。

とにかく、出し方が上手い。

唐突であるが(いや唐突であるがゆえに、か)最も効果的な場面で最も効果的な方法で表現されている。

そして怒涛の解決編によって、頭の中で散乱するクエスチョンマークはしっかりとひとつ残らず片付けられる。
孤島を舞台にする必然性、物語が孤島と本州で平行して語られていく理由、学生たちがそれぞれをミステリの大家の名で呼び合うことの重要性…あらゆるパズルのピースが1ミリのずれもなく整合性をもってきっちりと枠の中に収まり、これ以上ないくらいに美しい(そして哀しい)絵を作り出す。

ミステリの解決編はこうあるべきだという見本のようなものだ。
つい、ベタ誉めの感想になってしまったが、それほどに僕にとって「十角館の殺人」は印象的な一冊なのである。