「菩提樹荘の殺人」 有栖川有栖 文藝春秋 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

若き日の火村、そして若さゆえの犯罪。

シューベルトの調べにのり高校生・アリスの悲恋が明かされる表題作、学生時代の火村英生の名推理が光る「探偵、青の時代」、若いお笑い芸人たちの野心の悲劇「雛人形を笑え」など、青春の明と暗を描く。


菩提樹荘の殺人



「アポロンのナイフ」

逃亡中の通り魔殺人犯は、マスコミで「アポロン」と称された美少年。

散歩中にその「アポロン」ともしかしたら出会ったのかもしれない……とアリスは思い悩む。

そんな折、もしかしたら「アポロン」が犯したかもしれないという殺人事件が再び起こる。

それも二人。

かつて恋人同士だった二人の高校生が殺害されたのだ。


さて。

この物語は非常に興味深い。

本格ミステリとしての面白さよりも、社会問題を動機面(殺人の動機ではなく)に含んでいる。


それは、「被害者の顔と名前は実名報道されるのに、未成年の加害者は報道されない」ということ。

これについては、是非が問われるところだし、否定派にも肯定派にもそれぞれ主張があるだろう。

どちらが正しいということは、短絡的に結論は出せない。


ただ、ひとつだけ、火村先生が言うことは真実だろう。

曰く、「(前略)逮捕者の名前も顔も公表しない社会というのは、警察がいつどこの誰をしょっ引いたかが隠匿される社会だ。最も人権が危うくなる事態じゃないか。公権力は監視されなくてはならない。(後略)」


「雛人形を笑え」

雛人形というコンビ漫才師の片割れであるメビナという女性が殺された。

容疑者は、現在のパートナーであるオビナ。

それから、オビナがメビナをパートナーに選ぶ前にコンビを組んでいた女性。


オチはちょっと読みには、ギャグみたいなものだ。

「シェーのポーズで被害者が死んでいたから、犯人はイヤミ」というようなもの。

しかも、それを火村先生がいかにも探偵らしい推理ではなく、半ば偶然のように解いてしまう。


たまにはこういうのがあってもいいか。

(しょっちゅうでは困るけれどね)


「探偵、青の時代」

火村先生の大学時代の同級生とアリスが出会う。

(アリスも同じ大学だから、彼にとっても同級生なんだけれどね)


彼女は火村先生の若き日の名探偵ぶりをアリスに話して聞かせる。


火村先生は……いつの時代も名探偵だったのだなあ。

まるでシャーロック・ホームズだ。


仲間たちの罪をあっさりと看過してみせる。

でも、それはたいした罪ではない。(と言ってはさすがに不道徳か?)

楽しい、仲間たちの集いの雰囲気を壊してまで断罪してみせることだろうかという迷いがたいていの人間には生じるだろう。

でも、火村先生は違う。

推理せずにはいられない。そして気がついてしまったなら、それを黙っていることなどできない。


なぜなら、火村英生は名探偵だからだ。


「菩提樹荘の殺人」

殺されたのは、資産家の男性。

彼は、別荘の近くの湖畔で殺害されていた。

それだけなら、たいした殺人事件ではない。おかしな点はただひとつ。

被害者は、トランクスをはいていただけで、それ以外に衣服は身に着けておらず、それらは池に浮かんでいた。

犯人はなぜ、被害者の衣服を池に捨てたのか?


ヒントは少ない。

物語を読み進めて、池の中から重要な証拠が引き上げられるまでは、読者には謎は解けない。

そういう意味では純粋なパズラーではない。

だが、ホワイダニットとしては十分に面白いと思う。