十九世紀半ば、ゴールド・ラッシュに沸くアメリカに、周囲の男たちから浮いた優雅な身なりの青年が。
金鉱を見物に来たフランス人のシオンは、帰国する船賃稼ぎ中のジョン万次郎と出会い、日本への興味を深める。
数年後、シオンはオランダ人と偽って開国目前の長崎へ。
美しい顔立ちと行動力を武器に、幕府の大物たちに接近し、ついには―。
歴史の隙間に“もしも”を巧みにちりばめた傑作長編。
もしも、○○が××だったら……。
歴史の「if」を考えるのは、歴史好きにはたまらないものです。
とは言え、もし織田信長が本能寺の変で討たれていなかったら、とか、もし太平洋戦争に日本が勝利していたら、とか、そんな大胆な仮説だと壮大過ぎてかえって楽しめない。
それよりも、なんでもないことが歴史を動かすかもしれない……という想像はけっこう楽しいのです。
この物語はそんなちょっとした「if」の物語。
アナトール・シオンという、日本びいきのフランス美青年が幕末の世に存在したら……。
この物語の「if」はたったそれだけです。
あとは、史実通り。
それだけのことで、幕末の歴史は一変してしまいます。
いや、一変はしていないのです。
だって、所詮、たった一人の青年がフィクションとして加わっただけなのですから。
安政の大獄は起こるし、桜田門外の変も起こる。
大政奉還も成るし、高杉晋作や吉田松陰は死ぬ。近藤勇は新撰組によく似た組織を結成する。
大勢としては、史実とそう変わりはないのに、なぜかまったく史実とは違う明治の世がやってくる。
最初はちいさなズレだったのに……いつの間にかまったく違う歴史が目の前に展開しているという、とても不思議な感じです。
史実とフィクションの境界線が曖昧でリアリティを損なっていないから、「もしかしたらこういう歴史もあったかもね」と思うことができる。
幕末史の知識がない人が読んだら、うっかり史実だと思いこんでしまいかねない。
さすがはパスティーシュ小説の第一人者、清水義範。
たいしたものだなあと感心しました。
歴史を軽い感じで楽しめる方にはおすすめ。
「なんだよ、こりゃ。歴史考証が甘すぎるだろ!」とかお怒りになるくらい知識がある方には勧めません。
エンタテインメント小説として、楽しんでください。