逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか……理性をゆるがす愛があり、罪にもそそぐ光があった
心ゆさぶるラストまで息をもつがせぬ傑作長編。
中央公論文芸賞受賞。
三月にNHKドラマになります。
書店でもけっこう平積みしているところが多いから、読んだ人も多いかもしれませんね。
ウチの書店でも面陳列で大きく展開しています。
文芸担当としては、ポップを書かなきゃなあ…と思って読みました。
爆笑問題の太田光さんが帯の推薦文で「ラストシーンは震えた」と書いていますが、誇張ではありません。
本気で心が震えました。
全体的に暗いムードの漂うサスペンスですが、希望の物語でもあります。
オススメ。
ぜひ読んでみてください。
(※以下の感想にはねたばらしを含むかもしれません。未読の方はご注意を)
不倫をしていた男の娘をさらってわが子として育てる。
希和子の逃亡劇は、偶然といくつかの幸運な出会いによって“薫”と名づけたその子が四歳になるまで続いた。
何も持たない、寄る辺もない母子が警察の捜査を振り切って、四年間も二人の生活を守り続けたなんて、ほとんど奇跡としか言いようがない。
もちろんこれは純然たる犯罪で、同情の余地は欠片もない。
希和子は逮捕され罰を与えられるべき女だし、“薫”は一日も早く本当の両親のもとに返されるべきだった。
でも。
僕にはどうしてもそう思えなかった。
自分の倫理観を壊してしまってでも、希和子と“薫”に平穏な暮らしを続けてほしいと願ってしまった。
小豆島での貧しいけれども平穏な暮らし。
緑と太陽と海があって、互いに心寄せあう母と子がいる。
血のつながりがそこになくとも、それ以上何が必要かと思ってしまった。
“薫”が恵理菜という本当の名前を取り戻して、自分の本当の家で本当の家族と暮らし始めても――それでもやはり、彼女は希和子と島で暮らしていたほうが幸せだったのではないかと、そんな風に感じてしまった。
だからこそラストシーンには本気で心が震えた。
恵理菜が思い出した希和子の最後の言葉。
希和子は卑劣な犯罪者であったけれど――こんなことを言ってはいけないのかもしれないけれど――希和子は“薫”の母親だったのだと心から思った。
そして一瞬の二人の邂逅。
ああ。これを人は “希望”と呼ぶのかもしれないと。そう思った。
逃げて逃げて逃げのびても、希和子には安住の地はなかった。
太陽の光があふれる小豆島においても、彼女たちの生活には光が差すことはただの一度もなかった。
ただラストシーンを除いては。
地の底を歩むような希和子の逃亡劇と、ただ暗いだけの恵理菜の青春にこのラストシーンで初めて光が降り注いだのだ。