レンタル落ちDVDで100円で購入、安いっしょ~。
「グッドモーニング、ベトナム」は、恐らく過去に2回位は観ていると思うのですが、印象としては今一つ薄い処があり、憶えているシーンは少なかったですねぇ、戦闘シーン無しの映画ですからねぇ。
とは言え、しっかりとしたメッセージ性があり、戦争映画の中では面白かった部類に入るんですけどね。
以下、DVDのジャケット裏面の粗筋、その他を、引用して記しておくなり。
-1965年ベトナム。100万のアメリカ兵の心を癒した1人のDJがいた。-
酷暑のサイゴン空港に1人の男が降り立った。彼の名はエイドリアン・クロンナウア。
米陸軍放送の人気DJである彼は、泥沼化したベトナム戦争に釘付けとなった兵士100万人の士気を鼓舞すべく本国から呼び寄せられたのだ。
ロックンロールと強烈なジョーク。前線で死に直面する兵士たちの心を型破りな軍放送で癒したクロンナウア。
「レインマン」のバリー・レビンソン監督がユーモアたっぷりに、しかし戦争の苛酷な現実を描いたヒューマニズム溢れる最高傑作。
主演のロビン・ウィリアムスの熱演は見る者を圧倒する!
と、粗筋、その他は、以上なり。
映画上、強く印象に残るのは、エイドリアン・クロンナウア(ロビン・ウィリアムス)のDJシーンのカッコ良さであり、選曲もマニアックで凄く良いんだよなぁ。
しかし、クロンナウアがDJトークをしている時だけ、みんなが大爆笑というのは、スネークマン・ショーのコントを想起するんだよなぁ。
クロンナウアのDJトークは下ネタばかりで、一般的な日本人の感覚として、一体、何がそんなに面白いのか理解出来ない処はあるんだけどね。
ノリとしては、深夜枠放送のビートたけしに近いのかもしれないけどね。まぁ、黒人ラッパーの言語感覚には近いし、そう考えると少しは理解が出来るんだけどね。
又、ベトナム人の菊川怜に似た女性(トリン)にクロウナウアが一目惚れして、英語教室まで自転車で急速に追い掛けて行って、無理矢理、途中から講師を交代して講義をするシーンは、藪から棒で呆気にとられる厄介な行動であり、正直、悪印象なんだよねぇ。
とは言え、ベトナム人の女性(トリン)の兄(ツアン)と友人になり、兄(ツアン)の為に米兵と喧嘩まで行うシーンは、義理人情が感じられて好印象ですねぇ。
又、レストランがテロで爆破された事実のニュースを、クロンナウアがラジオのDJとして話して、停職処分になるシーンは、人間として最も大切である正義感について訴えかけていて感動的ですねぇ。
基本的に米軍は、兵士の士気を高める為に状況が有利であると嘘をつき、事実のニュースを歪曲して伝えて兵士を瞞着している訳で、支配者は常に支配下にある者や国民を都合良く騙して言う通りにさせてくる、と心に銘記しておく事が必要ですね。
又、ベトナム人の女性(トリン)の兄(ツアン)は、ベトコンだった訳ですが、ベトナム戦争が一体どういう戦争だったのか、曖昧では無く正確に理解しておく必要があると思いましたね。
最後に、この映画を通して肝要に思う処を言うなら、死に直面する数多くの米兵を最も癒すのはユーモアであり、市井の辛く厳しい境遇に於いてもユーモアが重要である事を、この映画を観て確信しましたね。
奥山貴宏という夭折したライターの生き方を通して私が得た事は、死を目前にした場合、何気なく発した言葉でもユーモアがあれば言葉に重みが生じて来るし、それは、深い意味がある行為である、という事ですね。
以下、ベトナム戦争について、引用しながら説明しますね。(引用元、百科事典マイペディア)
第2次インドシナ戦争ともいわれる。
1954年ジュネーブ協定締結後、南ベトナム(ベトナム共和国)に成立したゴ・ディン・ジェム政権は米国の援助下に反共・独裁政策を強行。
これに反対する共産主義・民族主義勢力は各地でゲリラ活動を展開し、1960年南ベトナム解放民族戦線を結成。
1963年-1964年クーデタが頻発し、ゴ・ディン・ジェム政権は倒れた。
このころまでは内戦的性格をもっていたが、1965年米国は北ベトナム(ベトナム民主共和国)による解放民族戦線への援助阻止を主張して北ベトナム爆撃と南ベトナムへの増兵を開始。
米国は50万の地上軍を投入し、韓国・タイ等の派遣軍も加わり、北ベトナムも正規軍を南下させて解放民族戦線を援助し、国際紛争に発展した。
1968年旧正月直後の攻撃(テト攻勢)以来、解放民族戦線が戦争主導権を握り、サイゴン地区やトンキン湾沿岸都市部を除く大半の地域がその勢力下に入った。
一方、1968年以来パリで和平交渉が進められてきたが、1973年1月和平協定が成立し、3月米軍戦闘部隊が南ベトナムから撤退、戦争の終結が宣言された。
この戦争による北ベトナム・解放戦線側の死傷者は推定227万人、米国・南ベトナム側は約98万人。
次に、以下、ベトコンについて、引用しながら説明しますね。(引用元、百科事典マイペディア)
南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)について。
1960年に結成された南ベトナムの民族統一戦線。人民革命党など多数の団体が参加。
1961年各武装勢力を統合して人民解放軍を編成し、反米・反政府闘争(ベトナム戦争)を強化するとともに解放区の建設、在外機関の設置などを行った。
1969年6月の国民大会で臨時革命政府を樹立し大部分の省に人民革命委員会を設けた。
1975年4月、南ベトナム全土の解放に成功し、1976年6月、南北ベトナム統一を実現した。
1977年ベトナム祖国戦線に統合。なおベトコン(ベトナム共産主義者)は同戦線結成前から反政府武装勢力に対する政府側の俗称。
(2026/1/31)
