フランク・ザッパ、まとめて、アルバムをレビュー

Lumpy Gravy


乱費、クレーム・・・、じゃなくて、「Lumpy Gravy」ですね。(乱費とは、無駄使いの事。クレームは、苦情、文句の事。)
「Lumpy Gravy」は、過去に、友人のN君にCDを借りて、リッピングして聴いていますね。
「Lumpy Gravy」(1968)の構成は、オーケストラによる管弦楽やジャズやロックに、ザッパの友人の会話等を加えるといった、ラジオ・ドラマ的な構成になっているんだよね。
アルバム・タイトルの「Lumpy Gravy」を直訳すれば、「固まった肉汁」になるけれど、「ランピー」には「出来の悪い」、「グレイヴィ」には「ぼろ儲け」の意味もあり、解読は、読者の判断に任せている、といった事ですね。
「Lumpy Gravy」は、全体で1曲として考えるべきで、LPでは便宜上各面毎に、パート1とパート2に分けられているんだよね。
又、「Lumpy Gravy」の管弦楽曲は、「Oh No」と題する曲が中心に置かれ、この変奏があちらこちらに出現する為、全体は、「Oh No」の組曲としても聴けるヨン。
「Oh No」は、明朗なメロディを持っていて、雰囲気としては、ダンス音楽のポルカの影響が濃いんだよねぇ。

Uncle Meat


アンクル・サム・・・、じゃなくて、「Uncle Meat」ですね。(アンクル・サム(United States の頭文字 U.S. の戯言化)とは、アメリカ政府、又は、同国民の渾名の事。イギリスについてのジョン=ブルと同様のもの。)
「Uncle Meat」(1969)は、レンタルしてリッピングして聴いていますね。
「Uncle Meat」は、直訳すると「肉爺」となり、ジャケット・デザインの腐乱した死肉や骸骨の不気味な印象に、アルバム・タイトルの「Uncle Meat」は、ベスト・マッチしてると思うんだよねぇ。
又、「Uncle Meat」のアルバムの雰囲気は、ヴェトナム戦争に翻弄される世界の雰囲気を音楽に込めている、と推測出来るんだよねぇ。
「Uncle Meat」の収録曲で、古典となる曲は、「Uncle Meat」と「Dog Breath」で、本作では、変奏曲としての別バージョンも収録されていて、それは、現代音楽のジャズ・アレンジに聴こえる音楽性で、何かこうね、良いんだよねぇ。

Burnt Weeny Sandwich


バント、上に、三度、憂いし・・・、じゃなくて、「Burnt Weeny Sandwich」ですね。(憂いとは、心外な事ばかりで、疲れ、心が閉ざされるように感じられる事。)
「Burnt Weeny Sandwich」(1970)は、過去に、友人のN君にCDを借りて、リッピングして聴いていますね。
ザッパは、このアルバムで、麻薬問題で刑務所に入っているヴァイオリニストのシュガー・ケイン・ハリスを、保釈金を支払って出獄させて起用しているヨン。
「Burnt Weeny Sandwich」のアルバムの構成は、最初と最後がドゥーワップ・コーラス曲で、それに挟まれるように、インストルメンタル曲が7つ、サンドウィッチされてるんだよねぇ。
因みに、私が好きなサンドウィッチの中身は、ツナマヨなんだよねぇ、「うめ~ど~」。(「うめ~ど~」という言葉(茨城弁)は、私が20才の頃にアルバイトで働いていたドラッグすぎやま(ひたちなか市))の店長が、頻々に使っていた言葉なんだよねぇ。)

Weasels Ripped My Flesh


「Weasels Ripped My Flesh」(1970)は、CDを中古で購入して、所持していますね。(因みに、「Weasels Ripped My Flesh」は、私が、最も好きなフランク・ザッパのアルバムなんだよなぁ。)
「Weasels Ripped My Flesh」のジャケットは、ネオン・パークという画家のデザインで、電気カミソリの広告写真を元にした、サドマゾ感覚の強いブラック・ユーモアのあるデザインになっているんだよねぇ。
まぁ、ザッパの音楽の重要な視点としては、「暴力」を決して無視しない事にあり、暴力と笑いが結び付く時、それは、笑いでは済まされない、過激で不気味なものに変質する、という事があり、ザッパは、その点をギリギリのラインで表現して、危機感を訴えているんだよねぇ。
「Weasels Ripped My Flesh」の音楽性の話をするならば、収録曲の「Directly From My Heart To You」は、シュガー・ケイン・ハリスのブルース・ヴァイオリンとヴォーカルを堪能出来ますねぇ。
又、収録曲の「The Eric Dolphy Memorial Barbecue」は、ジャズの異才に因むタイトルで、スロー・テンポで重たく進む中、気味の悪い声の轟きや管楽器の雑多な音の絡みが、荒涼とした光景の中での刑の執行を思わせるんだよねぇ。
そして、収録曲の「My Guitar Wants To Kill Your Mama」は、あんたの母をストレートではなく、もっと凝ったやり方で殺してやる、という意味であり、それは、ギターで撲殺するという意味では無く、大音量で脳殺するという意味なんだよねぇ。
「My Guitar Wants To Kill Your Mama」のメッセージ性としては、旧世代の因習に異議を申し立てる事にあり、かつて、中国では、高貴な人を拷問刑に処する為に、大きな鐘の中に耳を塞がずに閉じ込め、三日三晩、鐘を叩き続ける行為があったんだよねぇ。
その結果、懊悩のあまり、脳味噌が糞味噌にやられた遺体になるらしいんだよねぇ。ヒジョー(非常、且つ、非情)にキビシ~!
(因みに、「厳しい」という言葉は、水戸コンピュータ専門学校時代に、友人F君が頻々に使用していた言葉で、まだ、その時代に於いては、「厳しい」という言葉の日常的な使い方としては、巷間に流通していなかったんだよねぇ。)

Over-Nite Sensation
オーバー無いと、先生しょんぼり・・・、じゃなくて、「Over-Nite Sensation」ですね。(オーバーとは、オーバー・コートの略。しょんぼりとは、気落ちして沈んでいる様。)
「Over-Nite Sensation」(1973)は、過去に、友人N君に「Apostrophe」(1974)との2in1CDを頂いて、所持していますね。
アルバムの収録曲は、セックスの歌やテレビを皮肉った歌、デンタル・フロス用の植物栽培で金儲けを夢見るアホな男のカウボーイ好みを歌った曲など、どれも思慮深いけれど、耳に馴染みやすいテンポの曲が多く、ザッパ入門用のアルバムに適しているんだよねぇ。
「Over-Nite Sensation」は、クレジットされていないけれど、ティナ・ターナーなどの黒人女性が参加していて、又、ジョージ・デュークといった黒人男性が、ヴォーカルとして参加しているんだよねぇ。
本作は、ジャズとロックの融合サウンドであり、聴きやすいながらも、ぎくしゃくとしたリズムを挿入していて、アンヴィバレンスな魅力があるアルバムなんだよねぇ。
まぁ、何て言うんですかね、「Over-Nite Sensation」は、分かり易い曲も多いけど、怪しい雰囲気も兼ね備えている、と言うんですかねぇ。特に、歌詞は、「Montana」が、怪しい感じがして良いですねぇ。
(因みに、「怪しい」という言葉は、勝田工業高校時代に、クラスメートのI君が頻々に使用していた言葉で、まだ、その時代に於いては、「怪しい」という言葉の日常的な使い方としては、巷間に流通していなかったんだよねぇ。)

Apostrophe
アボカド、ストロベリー・・・、じゃなくて、「Apostrophe」ですね。(アボカドとは、熱帯アメリカ原産のクスノキ科の高木、又は、その果実の事で、「森のバター」と呼ばれる。ストロベリーとは、オランダイチゴ、又、その果実の事。)
「Apostrophe」(1974)は、過去に、友人N君に「Over-Nite Sensation」(1973)との2in1CDを頂いて、所持していますね。
フランク・ザッパという人は、大勢の力を率いて演奏するのを好む傾向にあり、「Apostrophe」でも、クレジットされるメンバーがずらりと並び、そこでは、リーダー対大勢の関係が示されているんだよねぇ。
又、この時期に制作したアルバムは、黒人の起用が多く、ファンキー指向が特徴的になってるんだよねぇ。
「Apostrophe」の収録曲について説明すると、「Don't Eat The Yellow Snow」の歌詞は、エスキモー少年が犬の小便混じりの雪を、アザラシの皮を狩猟する男の目にこすりつける、スカトロジーとサディズムをユーモアに包み込んだ内容だヨン。
又、「Uncle Remus」は、アメリカの黒人が語る子供向けの有名な物語と対比させて、現代の黒人の若者の置かれた状況とその内面を描くゴスペル・ソングだヨン。
そして、「Cosmik Debris」は、出任せを言う詐欺師を逆に催眠術をかけて無一物にしてやったという話で、「Stink-Foot」は、靴やブーツを履く人種ならではの消臭スプレーを買い求める神経過敏の悩みと、嗅覚で世界を把握しているはずの犬との意思疎通のエピソードを複合的に描いているんだよねぇ。
まぁ、ザッパの歌詞の内容は、大体やね、正しくフリーク・アウト!(独創的に表現せよ!)になっているんだよなぁ。又、不乱苦・雑把って感じでもあるんだよなぁ。

One Size Fits All


湾さ、伊豆はね、何時まで居る・・・、じゃなくて、「One Size Fits All」ですね。(伊豆半島は、静岡県東部、駿河湾と相模湾に突出する半島で、火山・温泉が多く、観光・保養地として発展している。)
「One Size Fits All」(1975)は、過去に、友人のN君にCDを借りて、リッピングして聴いていますね。
「One Size Fits All」のジャケットは、宇宙空間なのに、すぐ傍にソファが漂っていて、そして、葉巻を持つ手首や、土星を独楽のように回す指先が描かれているイラストになっていて、カル・シェンケルという画家が担当しているヨン。
「One Size Fits All」の収録曲について説明すると、「Inca Roads」は、ナスカの地上絵を宇宙人の滑走路かと不思議がる歌詞で、UFOブームに便乗してるんだよねぇ。まぁ、UFOに関する事を言う方が、不思議だと思うんだけどねぇ。
又、「Can't Afford No Shoes」は、70年代のアメリカの国民総生産の低下と、不況をテーマにした曲なんだよねぇ。日本は、70年代、オイル・ショックに因り、経済成長が一時的に停止する経験をするけど、それ以外では、国民総生産の低下は無く、経済成長は続いていったんだよねぇ。
そして、「Po-Jama People」は、常識に囚われる退屈な人々を論う曲であり、「Florentine Pogen」は、つんと澄ました金持ちの娘も、一皮剥けば性欲は人一倍強いといった様子を描いているヨン。
「San Berdino」では、ザッパ自身の刑務所入りの経験と、サン・ベルナルディーノ(ロサンゼルス市中心より東方30キロにある街)に住む人間模様を、ギター・ワトソンが歌っているヨン。
「Andy」では、何かを良いと信じる人に対して、それが理解出来ない人物の叫びや、懐疑的な気持ちが読み取れる歌詞になっているヨン。

Studio Tan


酢橘を、タンに・・・、じゃなくて、「Studio Tan」ですね。(酢橘とは、ミカン科ユズ類の常緑低木の事。果実はユズより小形で、独特の香気と酸味があり、緑色のうちに収穫して香味料として賞用する。タンとは、料理用の牛・豚などの舌の事。)
「Studio Tan」(1978)は、過去に、友人のN君にCDを借りて、リッピングして聴いていますね。
「Studio Tan」は、「スタジオでの日焼け」という意味で、ザッパは、家族でハワイに旅行をしても、退屈で家に戻りたがっていて、ツアーに出ていない時は、楽譜に作曲するかスタジオで録音するかの二択で、自身のスタジオ録音の仕事中毒の事を、諧謔的なアルバム・タイトルにしているんだよねぇ。
本作のアルバム・ジャケットの絵は、ゲイリー・パンターで、オクラホマから70年代に西海岸に移住して、パンク調のコミックを描いて有名になった、との事だヨン。
「Studio Tan」の収録曲について説明すると、1曲目の「The Adventures Of Greggery Peccary」は、LPの片面を占める凝った仕上がりの大曲で、ザッパの特異性を代表する曲だと言えるんだよねぇ。
「フランク・ザッパを聴く アルバム・ガイド大全」を引用しながら、「The Adventures Of Greggery Peccary」のストーリーを、以下に記していくヨン。
物語の主人公は、流行商品を開発する会社を経営する男で、これが野生の子豚ペッカリーになぞらえられ、一方でペッカリーの商品を喜ぶような背中が曲がったハンチマンやハンチウーマンの一団が登場し、車で移動中のペッカリーを襲おうとする。
それから逃れるペッカリーは、活火山の噴火に遭遇し、電話で贋哲学者にビリー山を覆う茶色の雲は誰が作っているのかと訊ねるが、まず金を支払えとの返事を得る。
それは、アメリカの資本主義社会に於ける金本位の、そしてアホらしい人生絵巻の一端である、といった、ストーリーだヨン。
他の収録曲について説明すると、「RDNZL」は、オートマチック車のクラッチ・レバーの表示だと推測が出来て、バック(R)、運転(D)、一時停止(N)、加速(2がZに変換)、強い駆動力(L)と考えると、活火山の噴火から逃れるペッカリーの自動車走行の描写に、適合してるんだよねぇ。

You Are What You Is


「You Are What You Is」(1981)は、過去に、友人のN君にCDを借りて、リッピングして聴いていますね。
「You Are What You Is」のジャケットは、ザッパが横を向いて、少し笑った顔の写真になっているけれど、面白い物が見つからないのに、面白い振りをしてストレスを溜め込んでいる、ニコニコ顔の不気味な人々を、風刺として諧謔的に表現しているんだよねぇ。
「You Are What You Is」の収録曲について、説明すると、「Dumb All Over」では、レーガンが大統領になった事から思い至った政策批判から、人間の本質に対する諦念までが、歌詞の意味に込められているんだよねぇ。
「Dumb All Over」の歌詞の冒頭は、「我々が誰であろうと何処の生まれであろうと、自分たちがどれ程、馬鹿であるかを今はもう気付くべきだ。」となっていて、アメリカ文化に対する文明時評の感があるんだよなぁ。
又、「Theme From The 3rd Movement Of Sinister Footwear」では、左右のスピーカーから別々のギター・ソロが聴こえるけれど、ここでは、スティーヴ・ヴァイのギターの多重録音と、ヴァイのギターの実力を堪能する事が出来るヨン。

Strictly Commercial The Best Of Frank Zappa


「Strictly Commercial The Best Of Frank Zappa」(1995)は、20代後半位に、東京のタワーレコードで、アルバムを購入して所持していますね。
まぁ、このベスト盤は、流石に良い曲ばかりで、歌詞の内容も充実しているので、何回も繰り返して聴いているヨン。
ザッパの中で、最も好きな曲は、インストゥルメンタルの「Peaches En Regalia」だけど、ベスト・アルバムの全体を通して、インストゥルメンタルの曲は、2曲しか入ってないんだよねぇ。
上記以外では、「Don't Eat The Yellow Snow」、「My Guitar Wants To Kill Your Mama」、「Who Are The Brain Police?」、「Trouble Every Day」、「Dancin' Fool」が、ベスト盤の収録曲の中では、好きな曲ですねぇ。
因みに、収録曲の「Joe's Garage」について、説明を加えておくと、アルバムの「Joe's Garage」のジャケットは、車のオイルで顔が汚れている様子を暗示させる一方、顔を黒塗りにさせる現代版のミンストレル・ショーを意味している、と言えるんだよねぇ。

「Strictly Commercial The Best Of Frank Zappa」の収録曲の中で、社会的メッセージ性のある着目すべき歌詞を以下、抜粋。
-「なあ、みんな知ってるかい? 俺は黒人じゃないんだが しょっちゅう思うんだ、白人じゃないって言えたらどんなに良いだろうって。」
「新聞やテレビで やつらが俺に押し付ける色んな嘘っぱち そして、この集団アホ化現象は 日々に広まってるみたいだ」
「そしてもし100万の人々が 俺やあんたに押し付けられた"偉大な社会"なんてのは 存在しちゃいないんだって事に同意すればね 俺たちの国は自由ではないんだ」-(「Trouble Every Day」)
-「放課後の彼らは自分たちだけの世界に入り込む 彼らのやっている事を、気持ち悪いと思う人も居るだろう・・・ 近所のマトモな連中は 毎晩座り込んで彼らを見張っていた あんただって同じ事をしたはずだぜ」-(「Let's Make The Water Turn Black」)
-「俺は政府の手先だ 産業界の手先でもあるな 俺は、お前たちを支配し 取り締まる運命に生まれたんだ」
「俺が導くと、お前ら全員が従う 俺が与えるゴミをお前らは食ってればいいんだ 俺たちがお前らを必要としなくなる日まで 助けを求めたって無駄さ、誰も助けちゃくれないよ」
「お前らの心は完全にコントロールされている お前らの心は、俺が作った型にはめられてんだ 言われた通りに、お前らは行動する お前らに与えられた権利が、売り飛ばされてしまうまで」-(「I'm The Slime」)
-「ホワイト・ゾーンは、洗脳と消去を行う為だけに存在する・・・ もし、お前が洗脳されたり記憶を消去される必要があるのなら・・・ ホワイト・ゾーンへ行くがいい・・・」
「警察を呼ぶわよ! 何年もが過ぎてゆく・・・ ほら、呼んだわよ! もうすぐ来るんだから!」-(「Joe's Garage」)

最後に、フランク・ザッパの至言を、以下に記しておくヨン。

- 
Information is not knowledge
Knowledge is not wisdom
Wisdom is not truth
Truth is not beauty
Beauty is not love
Love is not music
Music is THE BEST 


(2026/4/26)