印象に残る重要な言葉

不正行為が行われている時に中立でいたら、あなたは迫害者の側を選んだ事になる。
(デズモンド・トゥトゥ)

われわれ一人一人の気が狂う事は稀である。
しかし集団、政党、国家、時代においては通例である。
(フリードリッヒ・ニーチェ)

大切なことに関して口を閉ざすようになったら、私達の人生は終わり始める。
(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)

ヒトラーがドイツでやった全ての行為は法的だったことを決して忘れてはいけない。
(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)

反逆者とは何か? ノーと言う人間である。
(アルベール・カミュ)

道徳のない者は世に放たれた野獣である。
(アルベール・カミュ)

当然ながら、政府には良心というものがない。時折ポリシーはあるが、それだけだ。
(アルベール・カミュ)

一人の指導者と一つの国民とは、一人の主人と何百万人もの奴隷を意味する。
(アルベール・カミュ)

死刑執行人になるよりは犠牲者になる方が望ましい。
(ホセ・ナロスキー)

わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ。
(ドストエフスキー)

彼らは、まっとうに苦しむ事は、それだけでもう精神的に何事かを成し遂げる事だ、という事を証していた。
最期の瞬間まで誰も奪う事の出来ない人間の精神的自由は、彼が最期の息を引き取るまで、その生を意味深いものにした。
何故なら、仕事に真価を発揮出来る行動的な生や、安逸な生や、美や芸術や自然をたっぷりと味わう機会に恵まれた生だけに意味があるのではないからだ。
そうではなく、強制収容所での生のような、仕事に真価を発揮する機会も、体験に値すべき事を体験する機会も皆無の生にも、意味はあるのだ。
そこに唯一残された、生きる事を意味あるものにする可能性は、自分のありようが、がんじがらめに制限される中でどのような覚悟をするかという、まさにその一点にかかっていた。
被収容者は、行動的な生からも安逸な生からもとっくに締め出されていた。
しかし、行動的に生きる事や安逸に生きる事だけに意味があるのではない。そうではない。およそ生きる事そのものに意味があるとすれば、苦しむ事にも意味があるはずだ。
苦しむ事もまた生きる事の一部なら、運命も死ぬ事も生きる事の一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在は、初めて完全なものになるのだ。
(V・E・フランクル)

経験からすると、収容所生活そのものが、人間には「ほかのありようがあった」ことを示している。
その例ならいくらでもある。感情の消滅を克服し、あるいは感情の暴走を抑えていた人や、最後に残された自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。
一見どうにもならない極限状態でも、やはりそういったことはあったのだ。
強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人々について、いくらでも語れるのではないだろうか。
そんな人は、たとえほんの一握りだったにせよ、人は強制収容所に人間をぶち込んで全てを奪う事が出来るが、たったひとつ、与えられた環境で如何にふるまうかという、人間として最後の自由だけは奪えない、実際にそのような例はあったという事を証明するには充分だ。
(V・E・フランクル)

ひとりの人間が避けられない運命と、それが引き起こすあらゆる苦しみを甘受する流儀には、極めて厳しい状況でも、また人生最期の瞬間においても、生を意味深いものにする可能性が豊かに開かれている。
勇敢で、プライドを保ち、無私の精神を持ち続けたか、或いは熾烈をきわめた保身の為の戦いの中に人間性を忘れ、あの被収容者の心理を地で行く群れの一匹となりはてたか、苦渋に満ちた状況と厳しい運命がもたらした、己の真価を発揮する機会を生かしたか、或いは、生かさなかったか。
そして「苦悩に値」したか、しなかったか。
(V・E・フランクル)

「強制収容所ではたいていの人が、今に見ていろ、私の真価を発揮できる時がくる、と信じていた」
けれども現実には、人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。
夥しい被収容者のように無気力にその日その日をやり過ごしたか、或いは、ごく少数の人々のように内面的な勝利を勝ち得たか、という事に。
(V・E・フランクル)

苦しむ事の意味が明らかになると、私たちは収容所生活に横溢していた苦しみを、「抑圧」したり、安手のぎこちない楽観によって誤魔化す事で軽視し、高をくくる事を拒否した。
私たちにとっては、苦しむ事ですら課題だったのであって、その意味深さにもはや目を閉じようとは思わなかった。
私たちにとって、苦しむ事は何かを成し遂げるという性格を帯びていた。
(V・E・フランクル)

例えば、こんな事があった。
現場監督(つまり被収容者では無い)がある日、小さなパンをそっとくれたのだ。
私は、それが、監督が自分の朝食から取りおいたものだという事を知っていた。
あの時、私に涙をぼろぼろ零させたのは、パンという物ではなかった。
それは、あの時、この男が私に示した人間らしさだった。
そして、パンを差し出しながら私にかけた人間らしい言葉、そして人間らしい眼差しだった・・・。
人間とは何者か。人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし、同時に、ガス室に入っても毅然として、祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ。
(V・E・フランクル)

人間が生きる事には、常に、どんな状況でも、意味がある。
それは、生き延びる見込みなど皆無の時に、私たちを絶望から踏み止まらせる、唯一の考えだったのだ。
(V・E・フランクル)

ここで必要なのは、人生の意味に対する問いかけ全体を、方向転換させる事です。
私たちが自分で学び、更に絶望している人たちにも教えなくてはならないのは、私たちが人生から何を期待出来るか、というのが重要なのでは決してなく、寧ろ、人生が私たちから何を期待しているかが重要だという事なのです。
つまり、人生の意味を安易に問うのはもうやめて、自分自身が人生から常に問われているのだと自覚しよう、という事です。
(V・E・フランクル)

生きる事は日々、そして時々刻々、問いかけてくる。私たちは、その問いに答えを迫られている。
考え込んだり言辞を弄する事によってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。
生きるとはつまり、生きる事の問いに正しく答える義務、生きる事が各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受ける事にほかならない。
(V・E・フランクル)

苦悩の意味は何に苦悩するかではなく、どのように苦悩するかの中にあるのだ。
(V・E・フランクル)

輝く日々- それが過ぎ去った事を泣くのはやめよう その代わり、かつてそれがあった事を思い出して微笑もう。
(V・E・フランクル)

どんな事でも、人に起こる事には全て、何らかの究極的な意味があり、まさに超意味があるはずだ。
しかし、人はこの超意味を知る事は出来ない。人はただ、それを信じるほかないのです。
(V・E・フランクル)

なぜ血の通った人間がほかの人間に、この報告にあるようなことが出来たのか。(略)
つまり、収容所の監視兵のなかには、厳密に臨床的な意味での強度のサディストがいた、という事がひとつ。
そして、選り抜きの監視隊を編成するときにはサディストが求められた、という事がふたつである。
被収容所の中からカポーを任命する目的で行われるような、共犯者や刑吏の手下を人間として劣悪な順に選ぶ選抜についてはすでに述べたが、言うまでもなくそこでは残酷な輩や保身に凝り固まった連中が選ばれた。(略)
三番目に指摘されるのは、収容所の監視者の多くが、収容所内で繰り広げられるありとあらゆる嗜虐行為を長年、見慣れてしまった為に、薬の服用量がだんだん多くなるのに似て、すっかり鈍感になっていた、という事だ。
この鈍感になり、心が干乾びてしまった人々の多くは、少なくとも進んでサディズムには荷担はしなかった。しかし、それが全てだ。
彼らは、他の連中のサディズムに何ら口を挟まなかった。
(V・E・フランクル)

この地上には二種類の人間がいます。それも、品格のあるしっかりとした「人間」か、またはそうでない「人間」か、この二種類だけなのです。
そしてこの「二種類の人間」は両方とも一般的に広まっていて、どんなグループにも入り込み、至るところに浸透しています。
つまり、どんなグループでも、品格のあるしっかりした人間だけで成り立っているという事はないし、或いは、しっかりしていない人間だけで成り立っているという事もないのです。
(V・E・フランクル)

意味という事を根源的に問うならば、この世界の出来事全体に意味があるとは考えられないでしょうか。
全くの無意味か、全てが有意味かという決断は、論理的に考えると、根拠がない決断です。
人間は、もう論理的な法則から、この決断を下す事が出来ません。
ただ自分自身の存在の深みから、その決断を下す事が出来るのです。
ただ一つの事は、はっきりしています。
究極の意味、存在の超意味を信じようと決断すると、その創造的な結果があらわれてくるでしょう。
信じるというのは、ただ「それが」真実だと信じるという事ではありません。
信じる事を、真実の事にするのです。
たんに考え方の可能性に過ぎないものを実現する事なのです。
(V・E・フランクル)

(2026/7/10)