ナズ、その他、まとめてレビュー

Nas


ナスカ・・・、じゃなくて、茄子・・・でもなくて、ナズですね。(ナスカとは、ペルー中南部、イカ県南部の都市。県都イカの南東約130km、アンデス山脈西麓にあり、グランデ川支流ナスカ川に臨む。周辺一帯は先インカ期のナスカ文化が栄えた地で、北郊の有名な地上絵など多数の遺跡があり、市はその観光中心地として賑わう。)
因みに、私が東海村立東海中学校1年3組の時、クラスメートのK君の特有のギャグで「茄子くせ~」という持ちギャグがあったんだよなぁ。
ナズは、「ILLMATIC」、「Nastradamus」、「Nas i am...」、「THE BEST OF NAS」、「NAS GREATEST HITS」を所持していますね。
ナズは、1973年、NYはクイーンズのクイーンズブリッジ出身で、父はジャズ奏者のOlu DaraだYO。
デビュー作「Illmatic」は、歴代最高傑作のひとつと称され、ウエスト・コーストのGファンクに対するイースト・コーストからの解答とされる内容を誇っていて、詩的なリリックで注目を集めたYO。
「Illmatic」の収録曲、「N.Y.State of Mind」では、「知性という障壁を超えたところで/人生は決まる」というリリックがあるが、知性を持ってしても人生はどうする事も出来ない、という宿命論者でもある事が分かるYO。
そして、「Life's a Bitch」では、「人生とは手に負えない厄介なもの、で死んでおしまい、だから俺らはハイになるのさ/だって絶対わからないから、自分がいつ逝くのか」と繰り返されるYO。
そして、「Illmatic」の実質、最後の曲「Represent」では、「ほんとマジで、状況はヤバい、このジャングルでは、いつどの日に最期を迎えてもおかしくない」と、リリックされているYO。
まぁ、ナズの人生、そして、「Illmatic」のテーマは、サバイバルなのである、という事で、それは、如何にも、「ナズくせ~」感じがするんだよなぁ。

ナズの曲の中で、社会的メッセージ性のある着目すべき歌詞を以下、抜粋。
-「機密情報には トップの人間を消し去る程の潜在能力があるから」
「俺は眠らねぇ、だって眠りは 死の従兄弟だから 知能の壁を越え 人生は定義される」
「これを正気と呼ぶヤツがどこにいる 人生は地獄に対し平行線を辿ってる」-(「N.Y. STATE OF MIND」)
-「仕組まれた危険な悪巧み 誰を死体袋送りにしてやろうか」「誰もが皆いつかは死ぬ運命 お前の葬式が襲撃に遭わないことを願うぜ 弾丸が無実の人間を引き裂く」-(「ONE MIC」)
-「この国にやって来る前、俺達はキングでありクィーンでもあった 誰かに飼い慣らされた猿なんかじゃなくてな アフリカにはクシュという王国があった」-(「I CAN」)

2Pac


痛罵、苦・・・、じゃなくて、トゥパックですね。(痛罵とは、酷く罵る事。)
トゥパックは、過去にアルバムを何枚か所持していたけれど、今は、「greatest hits」を所持していて、「Me Against the World」は、リッピングして聴いてるYO。
トゥパックは、私のブログのランキングで、所持CDのHIPHOP部門で、「greatest hits」を1位、レンタルのHIPHOP部門で、「Me Against the World」を1位にしているYO。
トゥパックは、1971年、ニューヨークのハーレム生まれで、Digital Undergroundから、独立しソロになるんだよね。
そして、社会問題や個人的葛藤を内省的に描き、ヒップホップ界の象徴的存在となるが、1996年に銃撃により、25才で死去するんだよね。
DIgital Underground(DU)の一員から1991年に一本立ちしたトゥパックは、1、2作目のアルバムから、「Brenda's Got a Baby」、「Keep Ya Head Up」と印象的なシングルをヒットさせるんだよねぇ。
3作目となる「Me Against The World」の制作に入った1993年秋、ハロウィンに非番の白人警官に嫌がらせを受けたトゥパックは、発砲で応戦し、裁判となる12月には、起訴取り下げになっているんだよね。
又、同年11月には、性的虐待行為で起訴され、1994年春頃から、昼は裁判所、夜はスタジオという日々を重ね、判決を待つ間に完成したのが「Me Against The World」だったんだよねぇ。
「Me Against The World」は、内省的な作品で、実質的な1曲目「If I Die 2 Nite」では、「もしもおれが今夜死んだら」とリリックされるYO。
「Me Against The World」の表題曲では、自分のような黒人を抑えつけるのは、白人中心のアメリカの方であり、自分の死後も世の中の状況は変わらない、と憂慮するんだよねぇ。
そして、「戒めから学べ、妥協するな、天才でさえ俺たちに質問してくるぞ(質問を絶やすなという意味)」というリリックを提供するんだよね。
又、「So Many Tears」では、構造的差別や貧困から脱却した理想の生き方が、リリックされているYO。
まぁ、「Me Against The World」の音楽性自体は、Gファンクに影響を受けていて、すっきりとしたファンクを基調としたビートに統一されているんだよねぇ。

トゥパックの曲の中で、社会的メッセージ性のある着目すべき歌詞を以下、抜粋。
-「こんな狂気の世界を生き抜く為には、しっかりとした男にならなけりゃな いつまで経ってもこの雨が止みそうにない だからびしょ濡れにならないように、俺は毅然としているんだ」
「もしも君の望み通りに物事が運ばなくても、俺を責めるなよ こんな世の中になってしまったのは俺のせいじゃない」
「どんなに酷い暮らしをしていても、決して諦めない俺を馬鹿な奴だと思うだろうけど なぁ、毅然とした態度だけは忘れずにいようぜ」-(「KEEP YA HEAD UP」)
-「俺は地獄のような人生を生きているんだ」「俺はスポットライトを浴びる生活でストレスが溜まってるのさ」-(「TEMPTATIONS」)
-「俺は世の中に逆らって生きてるのさ」「俺には失うものなんかありゃしねえ」「人間のパワーを信じて、政策をきちんと批判できるようにしようぜ」
「いつだってベストを尽くせ プレッシャーに押しつぶされるな」「時には挫けそうにもなるけど 一つだけ覚えておけよ どんなに暗い夜でも 夜が明けない日はないってな」
「だからどんなに辛くても 胸を張って生きて行け 毅然とした態度で 人生に立ち向かって行け」-(「ME AGAINST THE WORLD」)

The Notorious B.I.G.
ノ、ノ、ノトーリアス、ノトーリアス、という事で、ザ・ノトーリアス・ビー・アイ・ジーですね。
ザ・ノトーリアス・ビー・アイ・ジーは、「ready to die」と「LIFE AFTER DEATH」の2枚を所持していますね。
ザ・ノトーリアス・ビー・アイ・ジーは、1972年、ニューヨーク、ブルックリン生まれで、10代でラップを始め、パフ・ダディに見出されているYO。
ノ、ノ、濃密なストーリーテリングで一躍スターとなったが、1997年に2枚目のアルバム発表後に銃殺されるYO。
親しみを込めてビギーと呼ばれる、ザ・ノトーリアス・ビー・アイ・ジーのデビュー作「Ready To Die」は、1995年の半年の間、「Big Poppa」、「One More Chance」の2曲が、全米チャートでトップ10入りを果たしているYO。
こ、こ、このアルバムでは、Biggie Smallsの、文字通り誕生から死までが自叙伝として描かれていて、犯罪に手を染めた事や、服役、出所、などが綴られ、そして、暴力や享楽の裏に潜む人間不信や死への不安などが、リリカルな言語感覚で暴かれているYO。

Jay-Z
JT(ジェーティー)・・・、じゃなくて、ジェイ・ジーですね。(JT(日本たばこ産業)とは、国営独占企業、日本専売公社から改組され、1985年4月に民営化された、たばこ製造の独占権を持つ会社。)
ジェイ・ジーは、「THE BLUEPRINT」と「THE BLUEPRINT 3」を所持していますね。まぁ、他のアルバムもレンタルしてきて、MDにダビングして聴いていたんだけどねぇ。
ジェイ・ジーは、1969年、ニューヨーク、ブルックリン生まれで、自身のレーベル、Roc-A-Fellaを設立し、デビューしているYO。
そして、後にヒップホップ史上屈指のビジネスマン兼アーティストとして、名を馳せているYO。
ジェイ・ジーは、地元ブルックリンのフッドから抜け出す為に、ハスラーとして身を立て、「Reasonable Doubt」で、ラッパーとしてアルバム・デビューを果たしているんだよね。
ジェイ・ジーは、財界でも知られる富裕な資産家であるけれど、金儲けと仕事の流儀にまつわる自己啓発ラップは、かなりユニークな趣なんだよなぁ。
因みに、2004年に、職業訓練校で、僕は、簿記の勉強をしていたけれど、ジェイ・ジーも、必然的に簿記の勉強をしてたんだろうなぁ、ラッパーなのに、偉いねぇ。

OutKast


アウトバーン・・・、じゃなくて、アウトキャストですね。(アウトバーンとは、ドイツの高速自動車専用道路網の事。1920年代に建設が本格化し、現在は隣接国にまで延び、総延長1万キロメートル余。)
アウトキャストは、「STANKONIA」を、所持していて、「Greatest Hits」は、リッピングして聴いてますね。
アウトキャストは、1992年にアトランタで結成され、メンバーは、Andre3000とBig BoiとなっているYO。
そして、独創的なサウンドと卓越した表現力で南部ヒップホップを世界に広め、グラミー賞を多数受賞したYO。
アウトキャストは、自分たち南部勢が北米のヒップホップ・コミュニティに存在すら認められない事に対して、疎外感を抱いていたんだよね。
そうした事から、デビュー作に続く「ATLiens」のタイトルは、地元アトランタの略称(ATL)と異邦人、乃至、宇宙人を意味する「Alien」を組み合わせた造語「エイティエイリアンズ」にしているんだよねぇ。
又、アウトキャストとは、outcast(除け者)の意味であり、森羅万象や諸行無常を説くなど、ヒップホップ界に於いて、全く異質な除け者でもあるんだよなぁ。

Eminem
エミネスク・・・、じゃなくて、エミネムですね。(エミネスクとは、ルーマニアの詩人の事。ルーマニア最大の国民詩人として敬愛された。代表作は、「皇帝とプロレタリア」、「カリン」、「幽霊」、「金星」など。)
エミネムは、「THE SLIM SHADY LP」、「THE MARSHALL MATHERS LP」、「THE EMINEM SHOW」、「ENCORE」と、D12の「DEVILS NIGHT」、「WORLD」を、所持していますね。
エミネムは、1972年ミズーリ州生まれで、デトロイト育ちのラッパーで、ヒップホップ史上、最も成功した白人ラッパーとして地位を確立しているYO。
又、2002年の映画「8mile」で、アカデミー賞主題歌賞を受賞しているYO。
エミネムは、ミシガン州デトロイト出身で、1999年にドクター・ドレも制作に参加した「The Slim Shady LP」で、メジャー・デビューを果しているんだよね。
エミネムは、楽曲で誰彼構わず名指しで、強烈なディスを容赦なく吐き出しているYO。
そして、「Stan」では、ファンレターとその返信の文面をリリック化して、アーティストの影響力とファン心理が生み出す奇妙な関係を物語っているYO。

エミネムの曲の中で、社会的メッセージ性のある着目すべき歌詞を以下、抜粋。
-「ボクの人生って どんどん悪くなるばっかりじゃない? ボクの脳みそは死んでる しっかりしようと思ってるんだけどね」-(「MY NAME IS」)
-「金っていうのは洗脳する力を持っている」「俺の人生はずっと空っぽの約束ばっかりだった」「どうでもいいんだよ このゲームのルールは知ってるんだろ」-(「ROCK BOTTOM」)
-「俺達はみんな人生の中で 色々な経験を積み重ねていく 試練と困難と それら全てを乗り越えていかなければならない 誰かに試される時 誰かが忍耐力を確かめる時」
「俺達の人生は時を刻む 毎日、怯えながらも何かにチャレンジする それは乗り越えて行かねばならない事 それが俺達を取り囲む環境というもの」-(「AS THE WORLD TURNS」)
-「まさかこんなに大勢の人間が俺と同じ事を感じてたなんてな 俺と同じ物の見方をし 全く同じ信念を持ってる」
「俺の言葉がこんなにデカいインパクトを持つなんて きっと俺はみんなの心が持ってる 琴線ってやつに触れたに違いないぜ」
「で 今は政府を敵に回してるって言われてるのさ」「けど世の中の連中は俺のリリックを 顕微鏡使って徹底的に吟味した 俺の首にナワかけて いつでも絞めてやろうって狙ってやがる」-(「WHITE AMERICA」)
-「この全てのテロリズムに対してアメリカは決起を呼びかけ 次の瞬間、気付いたらアンクル・サムに言われてるのさ 軍隊に入れとか 海軍の為に何が出来るかってな」-(「SQUARE DANCE」)
-「何も見たくないから漫画を読みふけってるんだ、こんな世の中はもう沢山、もうこれ以上は我慢出来ないんだ」「辞めたくない、だけどクソ、もうこれまでだ、なんて思うんだ、俺がこんなに影響力があるなんてどうかしてるぜ」-(「SAY GOODBYE TO HOLYWOOD」)

Common
顧問・・・、じゃなくて、コモンですね。(顧問とは、会社・団体などで、相談を受けて助言を与える役目を務める人。)
因みに、私は、東海村立東海中学校1年生の頃、軟式テニス部の顧問の先生に気に入って貰っていて、私が、阪神ファンだと答えたら、阪神ネタで弄って貰えましたね。
(詳しく書くと、テニス部の顧問の先生が、10人位の生徒にプロ野球のファンのチームを順番に訊いていって、巨人、巨人、巨人、とずっと巨人が続いて、私が、最後に、阪神と答えたら、阪神ネタで弄って貰えた、という経緯ですね。)
コモンは、「Be」をレンタルして、リッピングして聴いてますね。
コモンは、1972年シカゴ生まれのラッパー・俳優で、1990年代からコンシャスなリリックで評価され、ソウルやジャズを取り入れた作風で知られているYO。
コモンのアルバム「Be」の制作時点の2004年に於いて、全米で最も注目を集めていたラッパーは、カニエ・ウェストだったんだよね。
そのカニエ・ウェストは、「Be」の収録曲11曲の中の9曲を手掛けて、「Go」と「They Say」では、ラッパーとしても参加しているYO。
コモンは、カニエ・ウェストと高校生だった頃から顔見知りの関係だった、というね。
「Be」の収録曲、「Testify」では、ソウルの33回転のレコードを45回転で再生し、サンプル&ループしたものをベースにトラック作りをしているが、これはカニエの特徴的な作風として広く知られているYO。
又、「Go」の、エレクトリック・ピアノのループも、カニエ・ウェストのアルバムの収録曲だとしてもおかしくない、と確信するリスナーも多いんだろうねぇ。

Lil Wayne


ジョン・ウェイン・・・、じゃなくて、リル・ウェインですね。(ジョン・ウェインとは、アメリカの映画俳優の事。1929年に映画界に入り、39年「駅馬車」で一躍スターの座を築く。以来、ジョン・フォード監督とのコンビで、「アパッチ砦」、「黄色いリボン」などの名作を生み出す。)
リル・ウェインは、「Tha Carter III」を、レンタルしてリッピングして聴いてますね。
リル・ウェインは、1982年ニューオリンズ生まれで、Hot Boysで頭角を現し、ソロで成功しているYO。
2000年代半ば、圧倒的なミックステープ量産と比類なきフリースタイルで、「Best Rapper Alive」と自称したんだよねぇ。
「Best Rapper Alive」と自称しているリル・ウェインは、南部だけでなく、世界的にリリカルなラッパーとして評価されているYO。
因みに、2024年制作の「Like That」という曲では、ハリケーン・カトリーナの被害救済を怠ったジョージ・W・ブッシュ大統領をディスっているYO。

Kanye West


蟹江敬三・・・、じゃなくて、カニエ・ウェストですね。
カニエ・ウェストは、「The College Dropout」、「Late Registration」、「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」を、レンタルしてリッピングして、カニパンを食べながら、聴いてますね。
カニエ・ウェストは、1977年シカゴ生まれで、グラミー賞常連のラッパーであり、ソウルサンプルを駆使した革新的な楽曲で脚光を浴びて、2000年代以降のヒップホップとポップの融合を索引しているYO。
又、カニエ・ウェストは、33回転のソウル・ミュージックのレコードを45回転で再生した時のような効果が表れる「スピードアップ・サンプル」と呼ばれる手法を好んで使うプロデューサーとして、広く知られているYO。
そして、カニエ・ウェストは、「Pinocchio Story」で、「おかしいよね、ピノキオは嘘をつくせいで人間になれる日が遠ざかっていった、俺は真実を話しているのに、距離を置かれたままだ」とリリックしているYO。
まぁ、カニエ・ウェストは、人々は何も考えず歓声を上げるだけで、自分の事を理解する気が無い、といった心情を歌っていて、カニエは孤独感を抱えているラッパーでもあるんだよねぇ。
まぁ、それを言うなら、SF-MACHINEも、カニエ・ウェストのように、真実を話しているのに、人々に理解されない孤独感を抱えて生きているYO。

(2026/4/21)