ビースティー・ボーイズ、その他、まとめてレビュー
Beastie Boys

ビースティー・ボーイズは、「Licensed to Ill」、「Ill Communication」、「Check Your Head」、「Hello Nasty」をリッピングして聴いてますYO。
過去にアルバムは、「Ill Communication」、「Hello Nasty」、「To the 5 Boroughs」、その他、ベスト盤などを、所持していたんですYO。
因みに、最も好きな作品である「Licensed To Ill」は、Run-D.M.C.の「Raising Hell」から約半年後にリリースされていて、リック・ルービンによるプロデュース作品になっているYO。
「Licensed To Ill」は、ヒップホップとメタルのクロスオーバーを告げる歴史的意義の高い作品であり、ケリー・キング(スレイヤー)もギターで参加している、との事ですね。
又、「Licensed To Ill」は、レッド・ツェッペリンの「The Ocean」や、ブラック・サバスの「Sweet Leaf」がサンプリングされているんだよねぇ。
そして、「Licensed To Ill」以降も様々なメタル系の楽曲を引用して、ハードコア・パンクに接近していったんだよねぇ。
Public Enemy

パプリカ、食えねぇ・・・、じゃなくて、パブリック・エネミーですね。(パプリカとは、トウガラシの一品種で、辛味は無く、食用とされる。カラー・ピーマン。)
パブリック・エネミーは、「It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back」、「Greatest Misses」をリッピングして聴いていて、その他、ベスト盤も聴いてますね。
パブリック・エネミーは、1985年、NYで結成されていて、メンバーは、Chuck D、Flavor Flav、Professor Griff、Terminator X 等で構成され、強烈な政治的メッセージと革新的サウンドで社会に影響を与えた、との事ですYO。
パブリック・エネミーが巷間に広く知られるきっかけとなったのは、1989年、スパイク・リー監督の映画「ドゥ・ザ・ライト・シング」のテーマ曲になっている「Fight the Power」なんだよねぇ。
因みに、「Fight the Power」のサビは、「立ち向かえ権力に、立ち向かえ時の権力者に」となっているんだよね。
パブリック・エネミーは、1970年代半ばから活動していたロングアイランドのDJチームを母体とし、そこに、Chuck DとFlavor Flavの2MC、更にDJのTerminator Xらが加わって、1987年にデビュー作を発表するんだよね。
パブリック・エネミーは、ブラックとしてのアイデンティティを強調し、政治的立場を鮮明にした楽曲(ポリティカル・ラップ)に特化し、2作目「It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back」(1988)で、そのスタイルを完全に確立するんDAYONE。
その衝撃により、ラップはメッセージであり、プロテスト・ソングである、そんなイメージが世間一般に広く刷り込まれていくんだよね。
「It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back」は、メタルとヒップホップのクロスオーバーとして、最も有名なナンバーであるアンスラックスとのコラボ曲「Bring The Noise」の原曲を収録した、セカンドアルバムなんだよね。
このアルバムの収録曲の反体制の思想に基づく警報を思わせるスクラッチや、注意を惹くサンプリングは、重く激しいメタルの音楽性と共鳴し、90年代以降のラップメタルの礎となっている、との事ですね。
パブリック・エネミーは、白人至上主義や人種的純粋性を批判し、ブラックネスという概念は恐怖ではなく、むしろ強みや文化的豊かさの源泉である、としているんだよね。
そして、「Brothers Gonna Work It Out」という曲では、「歴史がミステリーであってはならない/おれたちのストーリーが本当の歴史だ、彼らのストーリーは違う」とリリックしているんだよね。
又、リーダーChuck Dを含む音楽制作集団「The Bomb Squad」の中心人物、Hank Shockleeは、複数のドラム・マシンを使用し、キックやスネアを重ねることで生まれる、何処にもない音や音場感に拘っているんだよね。
Run-D.M.C.

Run-D.M.C.は、昔、ベスト盤を所持していて、今は、「Ultimate Run DMC」をリッピングして、聴いていますね。
Run-D.M.C.は、1983年NY結成のグループで、メンバーは、Run、D.M.C.、Jam Master Jayの3人で、硬派なスタイルとロックの融合で革新を起こし、数々の記録を打ち立てたYO。
そして、2002年に、Jam Master Jayが、死去している、との事ですね。
Run-D.M.C.は、ファースト・アルバム制作時に於いて、資金不足からスタジオ・ミュージシャンを集められず、私財を投じて、オーバーハイム社製のドラム・マシンDMXを導入する事に、至ったんだよね。
そして、DMX、アナログ・シンセサイザー、プロフェット5とのシンプルな組み合わせによって、ファースト・アルバムの収録曲が制作されたんだよね。
しかし、セカンド・アルバムでは、ギターを取り入れた楽曲が全体の半数近くを占めるようになった、との事だYO。
又、1986年、エアロスミスの「Walk This Way」の原曲とのコラボによるヒット曲により、Run-D.M.C.は、世界的な知名度を手にするが、この頃には、ギターの比重が下がり、サンプリングによる音作りが中心になっている、との事だYO。
因みに、Run-D.M.C.には、「My Adidas」という曲があるけど、私は、東海村立村松小学校6年生の頃、スポーツメーカーのブームの時期、上下12000円のアディダスのジャージを着ていましたね。当時の小学生は皆、値段が高いジャージを着てたと思うんだよねぇ。
De La Soul
でら、壮麗・・・、じゃなくて、デ・ラ・ソウルですね。(でら、とは、(名古屋で)、非常に、とても、の意味。壮麗とは、壮大で麗しい事。又は、厳かで美しい事。)
デ・ラ・ソウルは、「Best of De La Soul」を、リッピングして聴いていますね。
デ・ラ・ソウルは、ニューヨークのロングアイランドで、高校時代の仲間と結成されていて、メンバーは、通称、Pos、Dave、DJ Maseoの3人だYO。
「3 Feet High and Rising」に収録されている「Buddy」は、Native Tonguesの繋がりで、Jungle BrothersとA Tribe Called QuestのQ-Tipが参加した共演曲となっているんだよね。
又、「Eye Know」は、ベースラインがスティーリー・ダンの「Peg」、口笛がオーティス・レディングの「(Sittin' On)The Dock of the Bay」からサンプリングされていて、情報量の多さがよく分かるんだよね。
「The Magic Number」では、「内なる声だよ、みんな(Da Inner Sound y'all)」のリリックで、「自己の内面を見つめる事」という重要なメッセージを伝えているYO。
A Tribe Called Quest
あぁ、ドライブ、ゴールドコースト・・・、じゃなくて、ア・トライブ・コールド・クエストですね。(ゴールドコーストとは、オーストラリア、クイーンズランド州南東岸の保養観光都市の事。80年代には、日本企業による観光乱開発が非難されている。)
ア・トライブ・コールド・クエストは、「Hits,Rarities & Remixes」を、レンタルしてリッピングして聴いていますね。
ア・トライブ・コールド・クエストは、1985年、ニューヨークで結成されていて、メンバーは、Q-Tip、Phife Dawg、All Shaheed Muhammad、Jacobi Whiteで、2016年にPhife Dawgが死亡しているんだよね。
ア・トライブ・コールド・クエストのジャズを取り入れた音楽性は、高く評価されているYO。
そして、アルバム・タイトル「The Low End Theory」には、黒人男性の社会的な位置付けの低さと、低音に重きを置いた作品の音楽的な方向性の2つの意味が込められているYO。
Dr.Dre
ドクター・ペッパー・・・、じゃなくて、ドクター・ドレですね。ドクター・ペッパー、何かこうね、薬品臭い感じがしてね、それが、美味しいと思うんだよね。
ドクター・ドレは、「2001」を所持していて、「The Chronic」は、レンタルしてリッピングして聴いていますね。
ドクター・ドレは、1965年コンプトン生まれで、N.W.A.で頭角を現し、ソロでGファンクを確立しているんだよね。
そして、グラミー賞を受賞したり、大ヒットを重ねる以外にも、Beats売却で実業家としても成功しているYO。
「Straight Outta Compton」では、マリファナ否定派だったドクター・ドレがN.W.A.を抜け、後にSnoop Doggy Doggと出会い、「The Chronic」が発表されるんだよね。
400万枚以上のセールスを記録した「The Chronic」は、マリファナのインディカ種、或いは、ハイブリッドの固有名と言われるものを、アルバム・タイトルとして付けているんだよねぇ。
暴力的であるものの、レイドバックした雰囲気を地元ロングビーチのG(ギャングスタ)の特色として魅せたいSnoopに、自分のリリックを書かせ、大半の収録曲に登場させている、との事ですね。
ビートもそれに応じてゆったりとしたファンクを志向していて、義弟、Warren Gがディグってきたレコードをサンプルして、「Let Me Ride」、「Lil' Ghetto Boy」、「Deeez Nuuuts」を作っているYO。
こうして生まれたサウンドは、「Gファンク」と呼ばれ、そのレイドバック感が新鮮なものとして人気を博する事になるYO。
又、1999年発表の「2001」でも、比類なき音響美でヒップホップ史に金字塔を打ち立てているYO。
「2001」は、キックやスネアをはじめ、一つ一つの音がどれも驚くほどクリアなんだよね。
ドレは、まずMPCやテープループなどでビートを組み立てコンセプトをまとめ、それをミュージシャンに演奏させて、最高級のマイクや機材で録音し、エンジニア・チームがミックスとマスタリングを行っているんだよねぇ。
又、「2001」の掉尾を飾る「The Message」は、Mary.J.Blige客演で、他にも、LA勢として、Defari、Xzibitなど、多数が参加しているYO。
ドクター・ドレの曲の中で、社会的メッセージ性のある着目すべき歌詞を以下、抜粋。
-「俺が行く場所全部 それまでとは全然違う 前の知り合いは 俺のことなんか知らん振り だけど俺は何処に行っても 知り合いに出会う」
「ヤツらは絞首刑にしたいらしい 死ぬところを見るか奴隷になったところを見たいらしい」-(「THE WATCHER」)
-「ゲームも結局出来レースだし そんなことからいろいろ学んだ」-(「BITCH NIGGAZ」)
Wu-Tang Clan

ブータン暮らし・・・、じゃなくて、ウータン・クランですね。(ブータンとは、インド亜大陸北東部、ヒマラヤ山脈中の王国の事。住民は主としてチベット系及びネパール系で、過半数がチベット仏教を信仰している。)
ウータン・クランは、以前、「Legend of the Wu-Tang Clan- Wu-Tang Clan's Greatest Hits」と「The W」を所持していて、今は、リッピングして聴いていますね。
ウータン・クランは、1992年にNYで結成され、メンバーは、RZA、GZA、Ol' Dirty Bastard、Method Man、Reakwon、Ghostface Killah、Inspectah Deck、U-God、Masta Killa、といった処だYO。
1992年に、RZAがプロデューサーになり、NYの地元ステタン島を本拠地として活動する8人のラッパーを招集して生まれたのがウータン・クランで、個性豊かなMC陣で人気を博す結果となったYO。
RZAとGhostface Killahの二人で、予め考えておいたグループのコンセプトは、「カンフー映画からは東洋の思想を、NYのストリートからはファイヴ・パーセント・ネイションの教えを、それぞれ拾い上げ、それらをコミック本としてブレンドしたもの」であった、との事ですね。
(元々、ファイヴ・パーセンターとは、マルコムXも属していたネーション・オブ・イスラムから離脱したクラレンス13Xが、1964年に設立した団体である。地元ハーレムで、貧困に苦しむ人々への奉仕活動や若者への啓蒙を行っていた。
ファイヴ・パーセンターの思想では、世の中の構成は85%が文化から切り離された人々、10%がお金持ち、そして5%が貧しくも善良な教師だとされる。
85%が10%に騙されたり支配されたりしないように導くのが5%、すなわちファイヴ・パーセンターなのである。
社会を変えたいと望む意識の高いラッパーたちは、「まず自分がファイヴ・パーセンターでなければならない」と気付き、その学びをリリックに盛り込んでいった。大体の文章の引用元は、「ヒップホップ名盤100」より。)
ウータン・クランは、1992年、デビューシングル「Protect Ya Neck」で、映画「少林寺虎鶴拳」のSEに、執拗にフィルターをかけて組み上げ、ざらつきのあるビートを生み出しているヨン。
又、「Can It Be All So Simple」は、リラックスしてノスタルジーに浸る曲であり、ソウル・ミュージックへの憧憬が表れているんDAYONE。
Snoop Doggy Dogg

スヌーズ、ドキッ、どっこいしょ・・・、じゃなくて、スヌープ・ドギー・ドッグですね。(スヌーズ(うたた寝の意)とは、目覚まし時計で、一度目覚まし音を止めても、一定時間後に再び音が鳴る機能。)
スヌープ・ドギー・ドッグは、「Tha Doggfather」と「WELCOME TO THE CHUUCH VOL.5」を所持していて、「Tha Dogg- Best of the Works」は、レンタルしてリッピングして聴いていますね。
スヌープ・ドギー・ドッグは、1971年にロングビーチで生まれたラッパーで、デビュー作がマルチプラチナの成功を収め、ヒップホップを世界的に広めたYO。
「The Chronic」で、スヌープ・ドギー・ドッグを全面的に起用したドクター・ドレの目論見の一つは、N.W.A.脱退後から自分に向けられていたディスへの仕返しであったんだよね。
しかし、ヒットの拡大と共に、ギャングスタ文化やマリファナが、カジュアルなものとして広まっていったんだよねぇ。
そこに目をつけたのが、ドクター・ドレが1993年に取り組んだ、スヌープ・ドギー・ドッグの「Doggystyle」なんだよね。
先行カットされた「Who Am I(What's My Name)?」では、スヌープは、以前はコカインの売人だったとか、今は保護観察中だとか、自己紹介のフロウ(リズム感のあるラップ)が続くYO。
又、Warren Gが作って持ってきたビートをドレがプロデュースした「Ain't No Fun(If the Homies Can't Have None)」では、ベースからギターまで、何もかもグルーヴィーなサウンドを堪能出来るYO。
そして、「Gin & Juice」では、カスタムカー文化がサビにも加わり、その走りのようにレイドバック(ゆったりとした)したパーティー・ラップになっているYO。
因みに、私が21才の頃、新車で購入したワゴンR4WDターボは、カスタムにも力を入れてお金を掛けていて、内装は全てウッドパネルにして、ハンドルやホーンも変えて、リアスポイラーやサイドシール、カーステレオと天井吊り下げスピーカー、などを装備してたYO。
(2026/4/18)