第二十二回・水瓶座前・後編:人生の相談 | CRODのブログ 〜サンフランシスコから~

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ベル悩める20代に送りますベル

 

人類共通の悩み、「恋と仕事、人生&運命」

でも実は、星座によってその悩みの中身は違う?

「リアル水瓶座に答える3つの質問」

第二十二回・水瓶座後編:人生の相談

「動くのは頭ばかり・・・実行に移せない水瓶座」

 

占いにおける一番ポピュラーで、かつ深い三問にお答えする連載。

毎回実際に各星座のみなさんからお寄せいただいた内容をもとに、質問を構成。

それに、“その星座の方のためにお返事する視点で”…まーさがお返事を出します!

 

 

水瓶座の人生のご相談代表

「考えすぎで、動けない!理想と現実の差が遠すぎです」

「何かと頭で考えてしまい、行動に移すのがとても遅いです。理想と現実の差が激しく自分に自信が持てません。結局考えただけで何も出来ていないことは甘え・逃げだと捉えられても仕方ないですが、どんな考え方にフォーカスするべきでしょうか」

 

まーさのお返事)

 

再びこんにちは。まーさです。

さて~水瓶座の第二回目です。

今回は仕事と人生のご相談の回ですが、より水瓶座っぽいお尋ねが来たのが人生の方でございましたので、こちらを優先してお返事考えてみたいと思います。

 

恋愛編のときにも似たような話が出ていましたが、

テーマが変われど、水瓶座の相談には総じて「私は理屈っぽくて…」みたいなフレーズが多かれ少なかれ入っていて、いかにもそこが“らしくって”好感です(笑)。

 

で、どのご相談を見ても、何となくご自身はそういう自分を内心気に入っていそうなのだけど(それは何となくわかる)、

それを周りの誰かには、もしくは仕事の環境の中ではなかなか肯定的に受け取ってもらえるばかりではない…と気が付いてもいて。

何としたものか?というね。

大体はそういう主旨のご相談なのですが、こちらのご相談は少しご自分を深く掘り下げられている内容で、そこに興味を抱きました。

 

うん、まず思うことなのですが。

 

何をもってしてそう定義するかというとまた難しいところですが、

水瓶座は大体頭のいい人が多い星座ではあります。

 

理屈っぽい、つまりはいろいろな出来事や感情や…そういう一見あやふやそうなものにも、いろいろな理屈を筋道立ててつけられる。

「これはどうして」「もっとこうでは」「その場合はこうかも」「いやでも別のケースでは」みたいなのを、自分の中にいっぱい持っているということです。

 

少し話違うようですが、何か話すときに「話長いわ!」って突っ込まれる人、いるじゃないですか。

ああいうのに少し似ていると思います。

あれは、それがいい話し方であるかというのは別にして(笑)、

その件について話したいこと(情報や考察)をたくさん持っているということでしょ?

それ自体は決して悪いことじゃないですよね。

たっぷり考えられること。それは魅力だし、財産といってもいいと思います。

 

多分この例で一番賢い対応というのは、「簡潔かつ平易な言葉で(=誰にでもわかる)説明できる」というやつなのですが。

水瓶座のはそこまでこなれていないとしても、

たとえば何か一つのことを説明するとなったときに、たくさんの理屈や考えや方向性を提示できる。

何についてもそこそこ深く考えてある。

水瓶座は考えの深い人。そういう種類の賢さは確かに持っている人ですね。

 

あと、イメージ、水瓶座は何かと研究熱心みたいなところがありますしね。

もちろん、それは自分が関心を寄せたものに限るわけですけど。

それに対する集中力や持続力、探究心などはやはり他の追随を許さない…ようにも感じますから。

そういうのはそもそも、知的に優れていないとやらないし(頭をたくさん使いたがる人は大体それが優位な人だよな)。

 

また、水瓶座は人と自分を比べて行動を変えることがあまりないので、

そのせいもあっていい意味で妥協がないんだろうなとも思います。

「みんなと同じくらいやろう」とか、「あっちが止めたから、研究はこの辺で」とか、周りをちらちら見ながらそういうこと考える人は、正直あまり何も突き詰められないものです。大体ね(まあその方が幸福な場合もあるが。笑)。

 

で、少し話が逸れましたが。

やっぱり人より長くものを考えている分、行動に移すのが遅くなるのはしょうがないのではないでしょうか。

ある程度必然に感じます。

だってこの世には何も考えないで行動に移す人、結構いるもの(笑)。

起きてすぐそのままの格好で飛び出す人と、朝起きてからじっくりコーディネート決めて、おしたくにも時間をかけてから家を出る人と、どっちが先に目的地にたどり着くかっていう話ですよね。

 

もし目的地に早くたどり着くことが何よりも大事な内容であれば、確かに少し検討の余地がありますが。

別にいつ着いてももいいし、ついても着かなくてももいいということならば、

ずっと納得がいくまで、考えていてもいいのではないか?と私は思います。

 

でも思うに。

ここで相談の中で出てくるような(またよく水瓶座から聞くような)「考えてしまう」は、

私が書いてきたような「考える」ではないのでしょうね。

 

多分「悩んでいる」というほどの形状は取っていないけれど、

考えたら考えた分何かが解き明かされたり、思考が先に進んだりするものでもないと。

 

表現するなら「悶々としている状態」みたいなやつかな。

これ、まあ確かに一番厄介ですよねえ。

 

で、ここで更に思うことなんですが。

前回の恋愛の回でも似たような話が少なからずあった気がしますが。

 

水瓶座はずーっと思考していられる知性(理性というか)を持っている反面、

感情や感覚的な機微のようなものへの反応が、やや弱い、鈍めの傾向もあると思います。

 

まあ人間、いつも使っているところが鋭く優位になり、

あまり使わないところは退化するものなので。

水瓶座が理屈を用いずに、物事をぱっと感じとり判断する…みたいなことが苦手でも、まあそうなるだろうなという気もします。

 

で、何が言いたいかといいますと。

水瓶座が「ずっと考えてしまって、結果行動に移すのが遅くなる」というときに考えているのは、

「それ今考えること?」みたいなものが、多いんじゃないでしょうかねえ。

 

つまり、何か行動を起こす前に考えてしまう…ということ自体が問題なのではなく、

「今自分が(※この後行動を起こすために)優先的に考えなくてはならないのは、何か?」

に対する勘が、いろいろな理由によって、鈍いのではないかという意味ですね。

 

実際。人間、何かが起こって(非日常的な展開とかドラマとか事件とか)

とっさに物事を判断しなきゃならないとき、

一番反応が早く頼りになるのは、より本能に近いセンサー、感情や感覚、直感の方だからです。

 

そこが理屈より先に、「これはいい」「これは危ない」「これは嫌だ」「これは急がねば」みたいなことを感じ取り、それにしたがって次の行動を決めさせる。

 

人って本来、こういう風にできていると思います。

 

が、水瓶座は普段あまりそこを積極的に使ってきていないので、

人生の中で「今ここ、大事なところだよ!」みたいな自体になると、おそらく少なからず焦ってしまい(ここで理性の働き、すでに少し鈍る)。

 

「やべえ……(だが次どうしたらいいか、ぱっと思い浮かばない)」となり。

 

ルールもなく頭の中に次々浮かび上がるものに囲まれて、考え込んじゃうんじゃないでしょうか。

 

これパニクって「何も思い浮かばない」とほぼ同意語で、

「今考えてもしょうがないことや、自分で決着つけられない『?』的な内容がバンバン出てきて、とっちらかる」状態ですよね。

 

今、何かアクシデント的に起こった風な事態のことを例に挙げましたが。

これ、自分で決断を下すとか、行動を起こすとか、そういう「自分で作りあげた“その時”」みたいなケースでも、似たことはあると思います(つまりいきなり起こったから慌てた、のではない)。

 

ここで出てくる“その時”というのは、つまり「考えるのをやめて、考えてきたことを実行に移す」瞬間のことですよね。

 

この切り替え…というか、踏ん切りみたいなものが、あまり水瓶座は得意じゃない気がしますね。

 

そういうとき、多分「考える」ことが、「動かない」ことへの“口実”になってしまっているんでしょうね。

「まだ心が決まってないから動かない、動けない」と思おうとしているというか。

 

でもとはいえ、今回こういう例を挙げていますけど、

水瓶座が、えっ!というくらいすぐに何かを判断するシーンも見かけることありますよ。

 

で、そういうときは、「何かを考えながらそのついでくらいの感じで、動くことも決めている」ように見えます。

 

考えるのをやめて、思い切ってそこでジャンプするみたいな感じじゃなくて、

考えることを歩くことに例えるなら、他の一歩と一歩の間に、「ここで行動を起こしてみる」的一歩が入っているみたいな。

それが傍から見ると思いきった動きに思えても、本人からすれば「こうきて、ああいくなら、次はこれかなと」くらいの扱いだったりします。

 

この辺から考えてみても。

もし水瓶座的な性質の強い人が行動を起こしたいのであれば、

思考の結果、結論を出してどこかで行動!と考えるのではなく、

思考の間に(=推論の間に)「行動(=実験!)」みたいな感じで、構えずに何でもやるのがいいと思います。

 

それが現実的なアドバイスですね。

 

そもそも、考えにしろ想いにしろ(これは感情的な蓄積の方)、

量が過ぎると…重いという点では同じです。

重くなると人は動けなくなる。

単純にそういうことです。

 

あと、先ほども出たように、この世には何も事前に考え、準備しなくても動ける人がいます。

その事実から考えると、「理屈や強い思いがないと動けないということは全くない」わけです。

 

つまりは、「行動に向かう前に何かで納得したいから、強いモチベーションをそこで得たいから」、考えたり思いを高めたり、人によってはしているというだけなので。

 

「これだというものが見つからないと動けない」

というのは、ごく個人的な理屈、こだわりにしか過ぎないということになります。

 

もちろん納得してその後動けば、行動から満足を得られる確率は上がるのかもしれませんが。

そこも何とも言えないですね、正直ね…。

12星座内には直感や衝動に頼ってまず行動しちゃう人も結構いるけれど、

それはそれで、彼らは彼らで満足しているようですし。

また不満を抱えたとしても、その理由は必ずしも「もっと考えるべきだった」ではないと思うので。

 

つい頭でっかちになりがちな人は、まず

「こうやっていろいろ考えるのは、私がそれを好きだから。

別段人生に有利でもないし、これで勝率が上がるとも限らないとわかっている」

と、自分に話しかけてみるのも、ありだと思います。

 

これ、考え過ぎちゃう人以外でも、「~過ぎちゃう」傾向のある人みんなにおすすめなんですが。

 

そもそも、そうなってしまう人って、その「過ぎてしまう」ものが、状況をよくするために“必須”なものだと、どこかで勘違いしているところもあると思うのね。

 

そう、自分の中で肯定している気持ちが強いから、

なかなかそれが止められない(控えられない)のだけど。

 

「これをやろうがやるまいが、別段大勢には変わりない」

と気づくと、大体冷静になれるというか…。

 

この場合、「何か起こったときにいろいろ考え過ぎてしまうのは、ただの私の趣味だ」くらいに思うと、がぜん適度な加減もしやすくなると思います。

 

たとえば「尽くすのが愛」みたいにどこかで思っている間は、人は尽くすのをやめられないんです(どこかで、尽しすぎるからダメなんだ…とわかっていても)。

 

「尽くしたからと言って、一層愛されるわけではない。尽くすだけが愛でもない」

「私は自分が尽くすのが好きだから尽くしているだけ。もはやこれは趣味の領域」

みたいにふと気づくと次第に尽くさなくなるというか(笑)。

それこそ適度にそれができるようになるし、少なくとも「尽くすことへのマイナスの葛藤」はなくなると思います。

 

で、すると、それから生まれるマイナスのできごとも起こりにくくなるんですね。

これは不思議ですが、大体そうですよ。

たとえば、「尽くしているのに相手にムゲにされる」みたいな。

どこかで罪悪感や納得のいかなさを抱えてそれを行っていると、それを受け取る相手にもいい影響を与えないので良い展開も起こりにくいんですけど。

逆に「私尽くすの趣味だからさ~」みたいな前向きな開き直りがあると(つまり「明るく尽くす」といううことだろうか)、

「そこまでできるのすごいよ!」とか、逆に「そこまで尽くせる人だから、こちらも尽くしたくなる!」なんて言われたりもしますね。やっていること、基本的には同じはずなのに。

 

この辺も含めて、それこそいろいろ考えた末に(笑)

「やはり私はいろいろ考えるのが好きなのでは?」という結論が出るのだとしたら、それはそれでありだということです。

 

まあでも最後に。このご相談の例に関して言えば。

>理想と現実の差が激しい

>考えただけで行動できていないのは、甘え・逃げ

 

みたいにもおっしゃっておられますので。

ここで上げたように、「いろいろ考えてしまう自分を丸ごと肯定して受け止める」のは難しそうですね。

 

でも真面目な話。

確かにこの世には一定数“理想家”的な人はいて、大体そういう人はそれに過度にとらわれ、

現実の自分と比べてしまい、コンプレックスを抱いたり行動力が鈍ったりしがちなのですが(これは水瓶座に限らず)。

 

せっかく知性派・水瓶座に生まれたのですし。

「その理想は何のために持っているのか」

も考えてみるのはどうでしょうね。

 

私は最初にも書きました通り、考えることには一定の価値があると思う派なので、

何か行動に置き換えて行かなくても、「楽しいならいくらただ考えていてもいい」と解釈します。

でも、その考えている内容が試行錯誤ではなく、「何で自分はダメなんだろう…」という種類の悶々なのだとしたら。

 

それは、考えているというより、思考という場所を借りた人生の足踏みにも思えます。

 

だとすると、少しもったいないですよね。

 

かつ、考えることを「理想と自分を隔てる“障壁”」代わりにするのだとしたら。

それもせっかく水瓶座に生まれたのに、知性の無駄遣いだなという気もするので。

 

理想を現状の目標と置き換えて、どうやったらそこに自分がたどり着けるのか、

そのためにいろいろな策や方法論を考えてみてはどうですか。

 

そもそも思考は、生きたい先、つまりは「目的」があると生きるものです。

 

数式が組み合わさって答えを出すように、科学的実験が結果として何かを証明するように。

 

理知的な知性というのは、何か出口に向かって並んだとき一番その力を発揮するのだから。

そこまで高い理想があるなら、「私がそこに近づくためには、ここからどんなことをやっていく必要があるか?」を幾通りでも考えてみればいい。

どの順に行動するのが、より効果的であるかも検討すればいい。

 

途中で無理を感じ、時にもっといい方法を思いついたら、訂正式をそこで書き足せばいい。

これはどうやっても難しいと悟る瞬間があったら、ゴールの方を一旦下方修正してもいい。

逆に、もっと上まで行ける?という実感を得られたら、上方に書き換えればいい。

 

そうやって「ある方向に向かって、常に考えて行けばいい」。

それでいいのではないですか?

 

自分の中にあるエネルギーに、何か筋道を与えて整列させること。

ひとつひとつの効果をちゃんと発揮させること。

必要なのはそれだと思います。

 

あなたの武器が思考なら、それは捨てなくたっていいでしょう。

ただ、考えることで自信をつけ、人生を楽しくする方向に考えを重ねなければだめですよ。

無暗やたらに尽くすことで本当の愛から逃げるのがダメなのと同じように、

理屈を重ねて大事なものから目を背けてもいけません。

 

水瓶座にもあなたにも限りませんが、自分の資質をネガティブの理由にはしないこと。

本質的には今のまま、何も変わる必要はありません。

必要なのは、自分を前向きに生かす覚悟をすることだけです。

それができれば、考えた数だけ自分のあちこちに“自信”は育っていきますよ!

 

 

 

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