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ほとんど観た歌舞伎の話

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「ようこそ、歌舞伎の国へ」と歌右衛門の花子が誘い掛けてくれているような、
とても美しいチラシとポスターだけでも、もうウットリな『六世 中村歌右衛門展』に行ってきました。
本来は15日の長男・梅玉丈の「父・六世中村歌右衛門を語る」に合わせて行く予定だったのですが、中止になってしまいました。
それで平日の午前中に行ったのですが、二か所にある映像前も空いていたので、
これくらいなら開館してても大丈夫でしょう。

歌右衛門展は以前、早稲田の演博で春になると開催されていて、
今回も松竹、大谷図書館と並んで早稲田の演劇博物館が協力し、
早稲田の児玉竜一さんが監修をしています。

入口にまず「花と夢を忘れぬこと」と書かれた自筆の色紙が飾ってあります。
そして「京鹿子娘道成寺」の一連の写真や衣装。
何度も花子を演じている歌右衛門なので、いろいろな年代の写真がありますが、
ここのバナーが昭和45年のもので、それこそが私が初めて歌舞伎座観劇をした時のものなのでした。
あのとき「すっごく綺麗!」と舞い上がってしまった私でしたが、
今これを見てもやっぱり「すっごく綺麗!!」だと思います。

そのあと多くの舞台写真や書き抜き、三島由紀夫を筆頭に歌右衛門を書いた作家たちの原稿、
衣裳、当たり役の大きな写真と演目の説明、楽屋の再現、自作の鶴子夫人の肖像画、名だたる日本画家たちが絵を描いた揚巻の白い打掛などが並びます。

そして映像は戦前の五代目歌右衛門一家のお正月風景とお稽古風景。
千駄ヶ谷御殿と称されていたようですが、ホントに立派な日本家屋です。
女性たちがほんとになで肩で、首が細くて竹久夢二の絵のようです。
まだ赤ん坊時代や幼児時代の先代・芝翫さんの姿があります。
若い歌右衛門が三味線を弾き、幼い芝翫さんが越後獅子を踊っています。
私の観劇の記憶に、ひとりで踊り切れなくなった歌右衛門を支えるように、
芝翫が一緒に踊った「京鹿子娘二人道成寺」があります。
公演記録によると1988年11月の歌舞伎座百年十一月顔見世大歌舞伎だったようです。
そのとき歌右衛門はもう儚げで、芝翫は頼もし気だったのを思い出しながらこの映像を見ると、
こういう風に入れ替わっていくんだなあと感慨深いものがありました。

もうひとつの映像は梅玉さんとの欧州旅行中の一コマみたいなものと、
「壇ノ浦兜軍記」の一コマ、そして「日蓮聖人御法海 勘作住家段」の一場の白黒無声のもの。
旅行は巡業中にどこかイギリスらしい街の中でスーツ姿でにこやかに佇む歌右衛門。
動画でスーツ姿ってとても珍しいなと思いました。
テレビのインタビューなどでも必ず着物だったような気がします。
「壇ノ浦兜軍記」も短い映像ですが、阿古屋が今より段の上まで上がって重忠に迫っています。
重忠が十三代目の仁左衛門。
そして「勘作住家」はまったく知らない話なのですが、
家の中で死体(夫)を見つけた女が(説明によるとさっきまで会話をしていたはずの夫)驚いたり嘆いたりの動揺を表しているのだなとわかります。
タイトルに日蓮聖人と出てくるのでお題目を唱える鐘も取り出すけど、お題目どころではなさそうな様子。
話が分からないので状況を観るだけですが、ついつい見入ってしまう10分ほどです。

この人の「京鹿子娘道成寺」が初めての観劇でよかったとシミジミ思います。
たまたまそうなったのか、父がそこまで私を待たせたのかもはやわかりませんが、
この月に連れて行ってくれた父に感謝です。