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ほとんど観た歌舞伎の話

ケネス・ブラナーが監督・制作・主演の映画『シェークスピアの庭』を観た。
1613年に49歳のウィリアム・シェークスピア(ウィル)は、
彼の劇場グローブ座が上演中に小道具からの出火で全焼したあと、
故郷のストラットフォード・アポン・エイヴォンに引退する。

そこで3年すごしたのちの16年に52歳で逝去。
8歳年上の妻アン・ハサウェイ、医師の妻になった長女スザンナ、次女ジュディスが看取る。
ウィルにはハムネットというジュディスと双子の男の子もいたが、
ハムネットは1596年に11歳で亡くなっている。

映画ではストラットフォードに向かうウィルにハムネットの幻影が現れる。
「僕の物語を終わらせて」と息子がウィルに呼びかける。
ハムネットは自分の才能を受け継いだ立派な跡取り息子だった。
詩を書いては、それを読み聞かせに来てくれたものだ。
素晴らしい詩を書く息子だった。

息子が死んだときも自分は家にいなかった。
埋葬にも立ち会えなかった。
いざ家に帰ろうとすると、なかなか帰りにくい状況である。
長女は嫁いだが、妻と未婚の次女が女だけ暮らしにすっかり慣れている。
帰ったらアン(ジュディ・ディンチ)に「お客様用の一番いいベッドをお使いください」と寝室別居を言い渡される。
そりゃそうだろう。
しかしウィルはこの大きな家も買ったし、ちゃんと稼いで妻子の生活を困らせなかったし、
その辺は単身赴任で頑張ってきたお父さんな気持ちでいるので、
帰ったからには家長らしく受け入れられたいと思っている。

この時代のこの地域は日曜日に教会へ行かないと、いろいろ面倒らしい。
信仰心よりその地域のしきたりに従って、一家で礼拝にも行く。
そこで長女が「不倫疑惑」で訴えられ、ウィルは相手を名誉棄損で訴える。
相手が逃げたので長女の汚名は晴らされたが、ここには深いわけがあった。
家にいる妻・次女よりは長女のほうがウィルの話し相手になってくれる。
少し居場所ができた気分になるウィルである。

村ではウィルのロンドンでの名声はあまり好意的には受け取られていないようだ。
地元の貴族に「自分は君と違ってまともな仕事で忙しい」と言われ、そのまともな仕事が領地管理(ようは父祖代々の土地を見て回るだけ)と聞いて、
ロンドンで劇場を持ち、自作を上演する仕事がお前にわかるか!とブチ切れるウィル。
ここ、すごく好きな場面。

この地元貴族を凹ますように現れる大貴族サウサンプトン伯(イアン・マッケラン)。
ふらっとウィルを訪ねてきて、ふたりでソネットの一節を暗誦しあって、そして去っていく。

 #サウサンプトン伯は1573年10月6日 - 1624年11月10日ということなので、ウィルより9歳年下になる。
 ソネットに描かれた「美青年」のモデルと言われているそうだ。

ストラットフォードの人たちはウィルの芝居を観たことはなくても、
「ソネット」は読んで知ってる人もいるし、それがまた噂になって広がった。
要はアンにしてみれば、亭主がどっかの誰かに情熱的な詩を捧げたことで、村の噂になって嫌な思いをしたという記憶の、
その「どっかの誰か(しかも男)」がわざわざ訪ねてきたので不機嫌だ。

ケネス・ブラナーより年長のイアン・マッケランが演じているので、
いまひとつアンが焼きもちを焼いて不機嫌になる「美青年」感はしっくりこないが、
二人がウィルの詩を交互に暗誦し合う場面は意味は分からなくても音の美しさに圧倒される。
楽器が綺麗な音を奏でているようだ。
自分の亭主がどっかの誰かとこういう交流を持っていたら、やっぱり妻は心穏やかではいられまい。

こうしてウィルの故郷での暮らしはなかなか穏やかにはならない。
ハムネットのための庭を作ろうとしているのだが、はかどらない。
ああ、あの子は輝くような才能に恵まれた子だったのにとハムネットを悼むウィルに、
ついに次女のジュディスが思いもよらぬ衝撃の告白。
ハムネットの詩はジュディスの口述したものをハムネットが文字にした共作だったのだ。
それをウィルはひたすらハムネットの詩として褒めたたえてきたのだった。
ジュディスがどんな気持ちでそれを聴いてきたか、
アンがそれをどう見守ってきたか。

自分は家族のことをちゃんと見てこなかったよなと反省したのかどうか、
もう一度ハムネットの死をちゃんと確認しようとするウィル。
そこで重大な事実に気が付く。

シェークスピアの晩年の記録から、この劇的な話を作ったブラナーすごい!
ホントにそうだったんじゃないかと思ってしまう。

結局3年間しかなかったストラットフォード時代だけれど、
このウィルがもっと長生きしたらロンドン時代と違うお芝居もできたかもなあと残念になる。

ジュディスは28歳でようやく結婚する。
読み書きができなかったアンはいつの間にか名前を書けるようになり、
ウィルとの結婚証明書に改めてサインする。
居心地の悪かった家がようやく居心地の良い場所になる。
「夏の夜の夢」の一節を家族みんなで諳んじて、
仲直りしたオベロンとティターニアのように同じ寝室へ入る夫婦。

シェークスピアの晩年はこんな風にハッピーエンドでした。
そうだったらいいな、と思うお話。