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ほとんど観た歌舞伎の話

吉右衛門の『寺子屋』と仁左衛門の『勧進帳』が並ぶ、九月夜の部。
友人を誘って一階を奮発です。
上手側、仮花道を付けるならこの辺だろうってあたり。
吉右衛門が本人曰く「鬼の霍乱」で三日間休み、心配しましたが無事に復帰してくれました。

まず『寺子屋』。

松王丸:吉右衛門、千代:菊之助、源蔵:幸四郎、戸浪:児太郎、園生の前:福助、管秀才:丑之助、春藤玄蕃:又五郎、涎くり:鷹之資。

子どもたちが手習いしているところから始まる今回の寺子屋。
一段高いところにいる管秀才のウッシーがちょこっと鼻をひくひくさせてます。
のちに偽病で松王丸が咳をしつつ顔をしかめるのですが、よく似てる。。。
この子には音羽屋っ!と声がかかりますが、播磨屋系の顔だなあ。

この寺子たちの様子がたいそう和やかで楽しそうで幸せそうに見えるのは、
涎くりのが子どもたちをちゃんと掌握しているからだろうと思います。
いろいろな涎くりを見てきたけど、鷹之助の涎くり、このあとの花道での駄々コネまでずっと可愛くて可笑しくて、すっごく好きです。
寺子の皆さんもこの涎くりの兄ちゃんが好きなんじゃないかな。
一番小さい子がとても可愛いのですが、この子の机は大きい子が替わりに積んであげたり、
源蔵先生の寺子屋はいい学校のようです。

このホノボノした空気を冷え冷えと変えてしまう、松王丸と玄蕃の詮議。
この場面は昔に比べると子どもたちに対して優しくなったなあと思います。
玄蕃は扇で子どもの背中を押し出す感じ。
前は叩いていたと思う。

玄蕃がいる間、そして特に首実検の場ではピリピリした緊張感が静かに重く流れる感じでしたが、
全体的には優しくシミジミとした空気を感じる寺子屋でした。
特に千代が柔らかく優しく悲しむ雰囲気で、それをまた松王丸がふんわり受け止めて、
いかにも寄り添っている感じなので、そう感じたのだと思います。
役者の組み合わせで同じ芝居でも受け取るモノが変ってきます。
それがおもしろいなあと思うのです。

四人で小太郎の死を嘆いていると、いつひとりで着替えたんだ!?という管秀才が出てきて
「我に代わると知るならば この悲しみはさすまいに」と嘆きます。
吉右衛門・菊之助・丑之助の三代が並んでの名場面です。
婿と外孫ではありますが、秀山祭でこんな日が来てよかったなあ。

そして松王丸が笛を吹いて駕籠を呼ぶと、そこには管秀才の母・園生の前がいたのでした。
家の裏手に周って、家の奥から福助の園生の前が現れます。
主君を迎えるという形で駈け寄り、園生の前が管秀才の隣に座るのを手伝う戸浪。
1年前のようやくの福助復帰のときは初めから座っている役でセリフもちょっとだった。
そこまでも、それからの1年も、少しずつ前へ前へと進んできてるんだなと、
頑張って!という気持ちと、ありがとう!という気持ちで思わず拍手してしまいます。

そんなこんなで『寺子屋』そのものは悲しい話だし、今回も心に染みる本来の意味どおりのいい『寺子屋』ですが、
なんかちょっと嬉しくなってしまう『寺子屋』でもありました。
通常の引っ張りの見得のあと、吉右衛門が座り直して幕になったのは、
福助が立ち上がれないので、それに合わせたのでしょう。
そういうことも嬉しかったりするのでした。

いきなり満腹だ!な感じの『寺子屋』でしたが次が『勧進帳』とまたヘビーです。
でもいいの、仁左衛門は別腹だから(おい!)

こちらも三代共演で仁左衛門が弁慶、息子・孝太郎が義経、孫・千之助が四天王のひとり駿河次郎。
富樫が幸四郎、四天王は亀井:坂東亀蔵、片岡八郎:萬太郎、常陸坊:錦吾。
上手の席なので、花道全体がわりと楽に見えます。
揚げ幕を出てくるところからもうウキウキワクワクです。
「いかに弁慶」「は」(「は」は引っ張るのですが文字にすると間延びするのでやめとく)のやり取りで、
仁左衛門の弁慶は膝をつきます。
そしてこの「勧進帳」では仁左衛門(素の声は高い方だと思う)は終始低く太い声で演じます。
仁左衛門の弁慶を観たいと思う大きな理由の一つがこの弁慶の声です。
四天王もそれぞれに花道で喋りますが、千之助も頑張って太い声をだしてました。
孝太郎はもともと女方でないときは(この三代の中で一番)男っぽい声だと思います。

安宅関に入って富樫達と弁慶たちが対峙してからは、
とにかく弁慶も富樫も美しいのでひたすら見惚れる。
弁慶一行は下手側にいるので、上手の席は遠いのですが、弁慶をみてると自然に義経、駿河も目に入る松嶋屋応援席としては最高です。

 ある時は、舟にうかび、風波(ふうは)に、身を任せ。
 またある時は、山脊(さんせき)の、
 馬蹄(ばてい)も見えぬ、雪の中に、
 海少しある、夕波の、立ちくる音や、須磨明石(すま あかし)

ここでポスターになった矢を射る形になるのですが、
あのポスターでハートを射抜かれた人も多かろう。
あの角度通りが見え、番えた矢がこっちに向かって飛んでくるような至福感も味わえました。
動き回る弁慶も大変ですが、じっと形を崩さない義経も大変だろうなあ。
…と限なくウットリしていたのでした。

仁左衛門の弁慶は2008年の勘三郎@富樫と玉三郎@義経以来でした。
もう観ることはないかなあと思っていたので、とても嬉しい弁慶でした。
花道からの富樫と神仏への礼の厳かさ。
いつか千之助くんにもこの日が来るのだろうな、と思いつつ、有り難い想いで見送りました。

そして秀山祭の本腹(?)三世歌六百回忌追善狂言『松浦の太鼓』。
これは吉良邸のお隣に住む松浦の殿様と、赤穂浪士の大高源吾が俳諧仲間だったことから。。。という話です。
松浦公に歌六、大高源吾:又三郎、宝井其角:東蔵、お縫:米吉、松浦公の近習に歌昇・種之助、鷹之資、吉之丞、蝶八郎。

浅野の遺臣たちがかたき討ちをしてくれないかなあと望んでいる松浦公が、
その気がなさそうな源吾の様子に腹を立てたり、
いざ隣で討ち入りが始まったと気がついて加勢しようと張り切ったり、
この個性豊かな殿様の表情が楽しい演目です。
討ち入りというと悲壮なのですが、この演目は楽しいです。
最後は殿様の馬もめでたいめでたいと喜んでいる様子が微笑ましい。

かなり重厚な二作を観て、この『松浦の太鼓』で打ち出し。
いい感じにこなれた気分で帰途につきました。
白塗りの殿様になった歌六、おじいさん役が多くなってる人ですが、カッコいいです。
吉右衛門、仁左衛門、歌六それぞれ素敵でした♪