今年は新橋演舞場の初春歌舞伎からの観劇です。
歌舞伎座、新橋、国立、浅草と同時に歌舞伎がかかる(大阪の松竹座も!)とは、
なんと悩ましいことでしょう。
ここ数年毎年悩んで選ぶのですが、今年は海老蔵最後(来年はもう團十郎)のお正月公演なのと、
演目発表の時は「師走の京都に続けて金閣寺?」と思ったのですが、
そうか、子年だからネズミが出る演目なんだろうと気がついて、
それならネズミから始めるのがよろしかろうと思ったわけです。
「金閣寺」桜の木が上手の演出と下手の演出があるのだけれど、今回は下手。
このほうが雪姫が上手の部屋にいるときによく見えてよろしいなと思います。
狩野之助と雪姫が縛られたまま別れるのも、下手の方が「ああ、行っちゃう」感が強く感じます。
大膳の獅童がいかにも野心満々、女好き感満々で「悪いやつだけど、やられそう」でいい。
右團次の久吉がいかにも賢く敏捷そうで、声が明朗で「スッキリ解決してくれそう」でいい。
孝太郎の雪姫は控えめで慎ましやかだけど、「諦めない」感がいい。
せっかく子年の「金閣寺」なので桜の花びらをもっと降らせてほしかったです。
今回桜が下手でよかったなと思ったのは、
大膳たちの会話の間、上手の離れの柱にもたれてじっとしている雪姫の姿形が美しいのを邪魔なく眺めていられたから。
女方の美しさは動かないとき、ほんとにじっと動かないところにあるなあと思い、
それがどれだけ大変なことか、私は若いころはわからなかったなあと。
動く美しさ、止める美しさ、いずれにしても嫋やかに見えても強い身体のいることでしょう。
楼上の慶寿院尼(齊入)も動きのほぼない役ですが、厳かにそこにいるというのも難しいのだろうな。
雪姫を縛る綱を食いちぎってくれる白鼠二匹、ネズミといえば先代萩もありますがあちらはネズミ悪役、
こちらのネズミはよいネズミなので、新年にはやはりこちらがよいと思います。
華やかで気持ちのいい芝居はじめとなりました。
続いて「御存 鈴ヶ森」。
これはもう莟玉の白井権八という、襲名の虎蔵に続く等身大の前髪美少年ぶりをひたすら眺める。
座頭の海老蔵が幡随院長兵衛。
海老蔵も美青年だと思いますが(もう中年か?)、化粧をおっさんぽくして権八を引き立ててます。
莟玉の白井権八、いかにも江戸というか、都会に不慣れな初々しさ。
海老蔵はもう少し低い声で抑揚を抑えてやったらもっと貫禄を感じられるだろうと思う。
九團次の飛脚は強そうなので、あんなにあっさり雲助に下るとは!だけど、そこが可笑しくて好き。
先月の岩永もだけど、カッコいいのに三枚目って可愛いなって思う。
たいそう楽しい「御存 鈴ヶ森」でした。
そして秋元康の新作「NINJA KABUKI 雪蛍恋乃滝」。
「ロミオとジュリエットみたいな話」と聞いていましたが、
敵対する二つの陣営の男と女が一目ぼれして最後は死んじゃうって話はロミジュリだけではないので、
あえてロミジュリと言わなくてもいいのではないかと思います。
身分も違う二人なのです。
忍者の稲妻(海老蔵)が敵方の姫君・月姫(児太郎)と恋に落ちるという話なので。
争う二つの陣営があって、片方が最終兵器の図面を持ってる。
もう片方がそれを狙う。
若い二人は恋に落ちても結ばれる運命にはない。
そういう話なんですが、せっかく花のある役者を揃えて、いまひとつ不完全燃焼。
まだ始まったばかりだからだと思いたい。
カタカナ語を使う必然はまったく感じなかった。
むしろ違和感。
時代をどこかに設定したなら、そこから現代につなげるにしても、他にやりようはあるというか、
観客の想像力に任せればいいのにと思います。
やってる方も違和感あるんじゃないのかなあ?
一番生き生きと演じていたのは少年期の稲妻の勸玄だったように思う。
花道を走り抜けていくカンカン、もうすっかり少年なんだね。
お姫様には緋牡丹お竜のようなマネはさせないでほしい。
「金閣寺」と「鈴ヶ森」で歌舞伎観たわ~って気分になっていたので、
実験的な新作に驚きはしたものの、楽しい初芝居でした。
お友だちに会えて、お喋りができたのも嬉しい芝居はじめです。
お芝居って、それを鑑賞するのが第一の楽しみですが、
それをご縁に少しずつ楽しいつながりが広がるのもありがたいことです。
当ブログを読んでくださる皆さま、
こんな私でございますが、今年もよろしくお願いいたします。