人の言葉尻を捉えてあーだ、こーだ言うのは基本的に

キライだけれど、柳沢発言にはちょっとモノ申さずには

いられない。

 今度は女性のみならず、若い人たちからも反感を買い

かねない発言だ。


6日の記者会見で、柳沢大臣が

「若い人たちは結婚をしたい、それから子どもを2人以上

持ちたいというきわめて健全な状況にいるわけだから……」

と発言したらしいのだ。

しかも、それに続いて、

「そのように若者の意識を改革することが必要」

という趣旨のことも述べたとか。


結婚をすること=健全

更に子どもを二人以上持つこと=健全?

時代錯誤もはなはだしいけれど、

この人は言葉を発するほどに、

思考の輪郭をどんどんはっきりさせてしまっていて

本当に、謝ってどうにかなるレベルじゃないんだと

開いた口がふさがらない! 


 というか、柳沢さんの世代がそう考えるのは

ある意味仕方ないのかもしれないけれど、

あまりに時代にフィットしない考えの持ち主を

よりによって「少子化対策」を担っている

厚労省の大臣にすえておくのは言語道断だよなー。

だって、これから子どもを産む人たちは正に若い

人たちなわけであって(少なくとも柳沢さんより)

若い世代の考えていることなり、思いなりをくみとって

理解できるだけの柔軟さを兼ね備えていなければ、

何も有効な手立てなんか打ち出せない。

それに政策以前にやっぱり気持ちがおさまらない。


 それにしても「健全」という言葉をもってくるセンスは

いかがなものだろう。

 若い人たちが、みんな結婚して2人以上の子どもを

持ってくれれば、「国の経済を安定させる上では」

という条件つきで健全なだけじゃなくて?

 「健全」って「健やか」で「全う」っていう意味なわけで、

結婚観や、子どもを持つかどうかという人生の大切な

選択をする意識について、この言葉を使うのはあまりに

デリカシーと、そしてセンスがない……。

 結婚をせずに、子どもを二人以上持たない若者は

健全じゃないわけですか!と感情的に反論されても

仕方ないよなー、これでは。

 

経済の専門知識の前に、言葉を勉強されてはいかがでしょう?

そして、いかに女性と若い人たちの意識が昔と違うのかという

ことを、きちんと勉強すべきでは?


 これは柳沢大臣のみならず、腹の底で同じようなことを

考えていたであろう人たちにもほんとに言いたいこと。



 






 北九州市長選と愛知県知事選の結果が出て、

自民党は一勝一敗になった。

 二敗を喫しなかったから、柳沢は厚生労働大臣

を続投というのが濃厚なんだろう……。


 確かに、地方選と柳沢発言は直接関係ないかも

しれないけれど、危うく二敗をするぎりぎりの

結果だったことも考えると、やっぱり辞任するのが

筋だよなという気がする。


 日本中の女の人を敵に回したというのは

名古屋と北九州の有権者街頭演説を見ていても

伝わってきた。女の人たちは一様に怒っている。

「柳沢の発言は取り消せるものではないし、

大臣を辞めるべきだ」

と怒っている。


 でも、その発言に続いて

「だからといって、野党に期待ができないのよね」

と口々に言っていたのは名古屋の女性たちだった。

柳沢発言をきっかけに、自民をつぶせとばかりに

予算審議の拒否に出て、地方選の有権者たちに

野党に投票をと呼びかける。

 野党が出てくるのにこんなに絶好のチャンスは

ないのに、拒否と批判だけの姿勢に

「ああ、民主をはじめとする野党にも期待できない」

という思いが助長されるらしい。


 結局どっちをとってもなー

という有権者の迷いが、愛知県知事選の肉薄した

選挙結果につながったようで。



 結局怒りを感じている女性たちの迷う気持ちを

野党に向けられなかったのはなんでなのかな、

と考えると、

やっぱり、「女性は機械を産む」発言のどこが問題なのか、

その根本をきちんと突いていないこと、

そして、だったら「女性が子供を産むこと」をどう捉えるべきなのか、

対抗する野党の考えをきちんと示せていないことに

要因がある気がしてならない。



世の中の女性の立場としては、

「子供を産みたいのに産めない人」

「そもそも子供を産むつもりはない人」

「まだ子供を産むかどうかは考えていない人」

いろいろあると思うけれど、

少子化対策は「子供を産まないことは問題だ」

あるいは「子供を産みたいのに産めないのは問題だ」

という認識に立っているわけで、

(どちらかというと前者の文脈な気がするけれど)

「子供を産むつもりのない人」

はあまり考慮されていないというのも

そもそも感じていたところ。


 不妊であったり、職場や周囲の協力がなくて

産みたくても産めない人を、きちんと産めるように

サポートしてあげる対策は必要だと思うけれど、

女性みんなが子供を産みたいと思っているわけ

でもないと思うし、

そのスタンスによってこの柳沢発言の捉え方も

若干異なっていたはずだ。


「私は産みたくても埋めないのに」

という人もいれば、

「産みたくないと思うことは許されないのか」

という人もいる。


で、全体をひっくるめれば

「女性に対する差別発言」という一言に

なるんだろうけれど、

それだけだと本当に感情論になりかねない。

ちゃんと批判をしきれていないと思ってしまう。


少子化対策と一口に言うけれど、

結局、子供を産まないことが

「産みたい気持ちをもちながら産めない女性にとっての問題」

じゃなくて、

「子供が減っていくと日本の国際競争力が落ちるから」

「日本の経済や年金制度が破綻するから」

「労働人口が激減するから」

だから困る!だから少子化を改善しなければ!

という文脈で考えられえているとしか思えない。

日本の経済面に及ぼすであろう問題を

解決するための処方箋として、少子化の改善が必要だと

とらえている。

だから経済通の「柳沢」が選ばれたんではないのか?


そこから始めて、

少子化がそもそも問題なのか、

だとしたら誰にとって何が問題で、どうしていくべきなのか。

そこまで遡って安倍内閣の虚をついてくれないと、

結局批判できていないことになるんじゃないのかと思う。


 やっぱりもっと批判できるだけの切り込みを

野党ができない限り、なんか風穴は開かないなー。





最近、どんな小説を読んでも漫画を読んでも、

描かれているストーリーには胸に迫るものがないよな、

軽いよなー、と物足りなさを覚えていた。


一様に文章のリズムとか、言葉の選び方とか、

物語の運びとか、文章を書く上でのテクニック的

な面での水準は保たれているんだよな、

と感じつつ。


例えるなら、

新品の洋服が全然肌に馴染んでいなくて、

「ああ、服に着せられている」っていう感覚。

言葉を操ろうとしているんだけれど、

うまく書こうっていう意識が前に出ていて、

どうしてもその人の皮膚感覚にちゃんと馴染んで

いないんじゃないかというのが伝わってくる人が

多かった。


それは描く上での言葉についての側面だけじゃなくて、

描くテーマについてはもっとそれを感じていた。

日常の風景をさらっと描いたり、柔らかい空気感を

読んでいて心地悪さを感じさせない軽さで描いていたり、

ちょっと緩急をつけて泣かせてみたり。


でもそれが主流で、どの作家のどんな作品を

読んでもそんなかんじで、

一様にうまいのだけど、

読む人に不快感を与えないんだけれど、

どれも金太郎飴的というか

はっとさせられるような何かがない。


はっとさせられる何かっていうのは、私

が今まで何かを読んできたものの中にあったのは

「絶望」とか「破綻」とか「毒」があるものだった。

徹底的に絶望をして、徹底的に人の心とか社会

の暗部を見て、それをきちんと描いているもの。

暗いというのとは違う。

あくまで絶望体験のあるもの。

それがないと、どこか言葉が上滑りしていて

何をも捉えきれていない気がする。

さらっと読めてそれでおしまい。何も残らない。


絶望を知っている人の文章や物語には

読む人をひきつけてやまない引力のような

ものがあるし、鋭さがある。

それに個人の枠におさまらない暗部をえぐり出す。

居心地の悪さを感じさせるものは、強烈な何かを

残す。

そして、そんな暗部からしか本当の明るいものも

(希望とか愛とか……)描き出せない。



と思っていたら、久しぶりに「これは!」と思う作品に

出会った。それが「浅野いにお」の漫画で、

まだ全作品を読んだわけではないけれど

「ソラニン1・2」を読んだときには

はっとさせられた。


何か特別な物語ではなくて

等身大の私と同じ年のころの主人公たちが

おりなす日常を、そして日々考えていることが

描かれている。

淡々と同じ密度で過ぎていくかのように思える

毎日の中での、小さな喜びとか哀しみとかの感情の

変動の描き方がうまい。

たぶんこれってこの世代の人が

共通にもっている慎ましやかさとか真面目さ

とかに裏打ちされた感情の起伏具合なんだよなー。


ああ、私が感じている感じ方がそこにある、

主人公に息づいているかんじ。

たぶん、上の世代から「あまり感情をあらわにしない」

「何を考えているのかよくわからない」と言われることが

多い世代だと思うけれど、

(何かの統計にもあったなあ)

小さなことに幸せを感じられたり、

哀しみに敏感だったり、人の言葉にセンシティブだったり

感情の物差しが細やかなんじゃないかな

というのが私の思い。


そんな細やかな、小さな感情の起伏を

友達とか恋人とか、夢とか、働き始めで社会に感じることとか

に流し込んでいる作品。



今の社会の空気も、そこで生きる若い人たちの

生きる姿も、見事に描ききっていた。