息子は、ジュニアユースのセレクション市場に出てます。
彼は、3年間、Jリーグのクラブチームのジュニア強化コースの
選手だったのですが、今月、来年度の
ジュニアユースのセレクションに落ちました。
このまま上には上がれないとわかったので、
地元で通える範囲にある4つの地元クラブチームの
セレクションに申し込みました。
落ちた時は、もちろんそりゃショックですけど、
見ていた私の立場としては、
息子に非凡な運動能力があるとは思えなかったので、
このままプロの道を行くことは難しいだろうと
内心では思っておりました。
それでも、本人が現実と向き合うまで、
黙って応援していたわけですが、
案外早い不合格通知が来たので、ホッとしました。
さっさと気持ちを切り替えて、
軌道修正ができますからね。
(3年前に、最終選考で落ちた時は少々キツかった)
親は、未来を予測できるんだから、
悲しみは、努力が実らなかった本人のものであって、
親のものではないのです。
淡々と次の一手を打つのみ。
ネットやママ友ネットワークで情報を集め、
近隣の評判の良いクラブチームの戦績を調べ、
申し込みました。
ちなみに、旦那がどうしていたかというと、
「あいつは天才じゃなかった」
「J1から落ちたら、もうプロは絶対無理」
「才能ないんだから、もうサッカーやめた方がいい」
と、
ただただ嘆いていただけでした。
何なんですかね、、、、
息子の前で、それ言ったら、
毒親認定で別居するからね。
一応、釘は刺しておきましたが。
心でそんなこと思っているだけでも、罪だけど。
子供の悲しみを、我が事にように悲しむってのは
親なら当然のことですが、
子供の悲しみを引き受けるのではなく、
逆に「自分の不安や自分の悲しみ」を無意識に押し付ける親が、
結構いて、
うちの母親もそうなんですが、
ものすごく有害だと思う。
親が悲しんでいいのは、
子供のプロレベルの育成にそれなりに貢献した場合でしょ。
オリンピック選手の親がTVに出ているのを見ても、
親自身が多大な努力をして、子供の勝利に貢献していることは明らか。
それに比べて、旦那が息子のサッカーの育成に、
どれほど身を削って、一緒に練習に付き合ったか、というと、
スクールのお金、出しただけ。ゼロですわ。
よくもまぁ、それで、息子に才能がないとか、嘆けるわな。
子供の才能を磨いたことすらないくせに、
子供の完成度を評価する資格なんてないでしょ。
誰だってさ、
我が子に、天賦の才を期待することはある。
何の努力もせずに、価値あるものを手に入れられるのなら、
こんな楽チンなことはない。
でもさ、現実はそうじゃない。
それでも、自分にとって我が子の価値は掛け値なしだし、
天からの授かりものだ。
「生きているだけで尊い子」以上に、
「チームに貢献できるか」
「人の役に立てるか」といった
客観的な価値をつけることができるのは、
親の教育次第だと思うんだけど。
産んだ以上は、その手間を惜しむなっての。
サッカーのセレクションって、
就活に似てるかもって思ってる。
わたしは就活やったことないんだけれど、
同年代の少年が100人くらい集まって、グループ作って、
サッカーして、品評会がなされる。
筆記テストって、周囲がどんな点数かって全然わからないけど、
サッカーなら、上手いやつも下手なやつも、
試合やれば、周囲がわかるものね。
集団での立ち位置も試されるから不安なことこのうえないし、
審査結果は極めて曖昧。
点を取った子が選ばれるとは限らないし、
ディフェンスでひたむきなプレーが認められることだってある。
就活も、なんで落ちたのかが明確になることってほとんどないらしい。
そして、
それが全てでもないし、落ちたら落ちたで、
次の機会を得ることができる。
息子がどっこも受からないってこともあるかもしれないけど、
それはそれでいい。
親がかりでの、就活の練習だと思うことにした。
最近は、就活で精神を病む子もいると聞いていて、
まぁゆとり世代は、競争に慣れてないんだろうね。
体育会系が就活に強いというのは、
きっとセレクションされる経験が多いからなんじゃないかな?
人間は社会性動物である以上、
集団中での優劣と評価から逃げられることはない。
上を目指せば目指すほど、そうなってるのは仕方ない。
だけど、上にいけなかったからといって、それは失敗でも何でもない。
自分のレベルに見合った次のチャンスが必ずある。
だから、
息子には、チャンスがもらえることに感謝して、
充実したゴールデンエイジを進んで欲しい。
きっと将来、強い心と体が財産になるよ。