24日、クリスマスパーティーがありました。さみしんぼパーティーということで数人集まるかなって感じであったんだけど、予想以上の参加者が集った。20人は、集まっただろうか。男の割合が異常に多い。。。
まさに男の祭典。
よくこんだけ男ばっかり集まるもんだなと感心した。
男女の人口割合からすればありえないんだけど。と思いながら。なんでかなーと今年を振り返ってみたけど、まぁ、いいや。楽しかったし。
グリム童話集を、百貨店店にある書籍店で購入した。もう有名な話だけど、オリジナルのグリム童話って残酷な描写が多い。
カエルを壁に叩きつけたり、オオカミの腹を切り裂いたり。
なぜ今更になって購入したかっていうと、グリム童話って知ってるようで知らないなって。その昔話からなにか得るものが在ればいいなと思って購入しました。
もともと教訓めいた内容になっているので深く突き詰めていけば相当ためになるはず。

たとえば、7匹のコヤギとオオカミの話。お母さんヤギの言いつけにも関わらず、オオカミに騙され扉を開けてしまうコヤギたちは食べられてしまう。一人だけ助かったコヤギはお母さんヤギと一緒にオオカミの腹を切り裂いて子供達を助ける。

この話は何かの象徴的な話で有ることが出来ると思う。
それはシチュエーションにより様々な解釈が出来ると思うが、メタファーなものとして、シンボル的なものとして捉えることができる。

まぁ、何が言いたいかというとこの物語を象徴的に捉えると自分におこることもシンプルに捉えることが出来る。ということ。
写真をとるという行為という行為は、風景を切り取るというとばかりでなく、その時代や、思考、象徴を切り取る行為でもある。

それは、被写体をある時代の主張を表現するためにアングル、構図、光の量などを調整し、その写真を見たものに、単に映像だけでなく、被写体を通じて感覚に訴えかける。

最近、写真にはまった友人が言っていたが、カメラを持つと世界が変わるらしい。普段、何気なく見ていた風景が、何か芸術的な物に見えるらしいのだ。

そういう意味でいえば彼も芸術家とも言えなくない。写真を通じて何かを表現しようとしている。

最近、デジカメが普及して写真がぐっとみじかになったが、かといって、芸術性を求めているわけではなく、風景や思い出を切り取っているにすぎない。

そういう意味でいえば、写真家と素人では、哲学レベルでの違いがあると思うのだが、いかんせん、アウトプットが映像だけに違いがわかりずらい。ここは今後、写真家が芸術家として生き残っていくうえで重要な課題だろうな。