五木寛之さんがテレビで「百時巡礼」というシリーズの番組をやっていたとき、なぜお寺を巡るのか?という質問に対して「歳をとればとるほど感性が鋭くなる。だから寺社仏閣を訪れると昔以上にビンビン感じるんだ」と答えていた。
 僕はその話にあまりピンと来なかった。
 というのは、僕はむしろ年齢なりに経験を積んでしまったことで自分の感性が鈍くなったと感じていたからだ。
 若いころは経験がなく、ほとんどのことが「初めて」だ。だから印象が強く感動がたくさんある。しかし年齢を重ねていくと経験値が上がり「初めて」の体験が減ってくることを実感していた。
 僕は自分の中で「経験」をすごく邪魔なものだと思うようになっていた。
 だから五木寛之さんの歳をとるほど感受性は豊かになる、という説を信じることができなかったのだ。
 
 先日、自分がこの7~9月で講師を務めていた丸ノ内朝大学の「卒業式」というイベントに参加した。
 丸ノ内朝大学とは出勤前の朝早く、丸ノ内周辺の各会場で社会人向けの教養講座である。
 3カ月ごとに様々な講座が開かれ、そのクールが終了すると、受講していた生徒さんたちが自分たちの成果を披露しあうために開かれる会が「卒業式」。
 ゴスペルクラスの生徒さんたちがゴスペルをそのレッスンの成果として歌ったり、という楽しげなイベントだ。
 僕の担当した「ラジオパーソナリティクラス」はラジオ番組制作からプレゼンテーションとコミュニケーションを学ぶというものだったが、この日は生徒さんたちにが会場での公開生放送番組を行った。
 それはラジオ番組風に他の講座の生徒さんや講師の方からお話を伺うスタイルで、パーソナリティもディレクターも構成作家も全て生徒さんが分担し授業の成果?を披露した。
 この「卒業式」、全体を通してまるで大学の文化祭のようなノリで僕自身大変に楽しむことができた。

 その帰り道、ふと、若さと年齢のことに思いを巡らせた。
 丸ノ内朝大学の生徒さんの中心は30代~40代の社会人で結婚して子持ちの人もいる。
 そんないいオトナが講座を越えて横につながり、少年少女の顔に戻って盛り上がる。
 その様子はまるで本当に学生の文化祭のようで「若さ」あふれるものだった。
 しかし彼らが学んでいることは、社会人を経験しているからこそ必要性や興味を持ったものに違いなかった。
 経験があるからこその「学び」への意欲。それが若さを生み出すのだろう。
 そして「学び」の結果広がる感受性。
 「ああ、若さと年齢は関係がないのだ」ということを改めて思わされた。
 そして大切なのは若さと経験のバランス。
 
 丸ノ内朝大学の生徒さん達は実に経験と若さのバランスがいいと感じる。
 年齢を重ねたからこそ出来た経験を生かして次の新しい挑戦をする。
 僕は五木寛之先生の言っていたことがわかったような気がした。
 そして、僕が経験によって感受性が鈍ると感じたのは僕自身のせいだったということもわかった。要するに経験を踏まえた上での新しいチャレンジをしていないということなのだな。
 そして「若さ」は「時空」を超えるとも感じる。
 それについてはまた次回。

 
 
 
 5月から走り始めた。
 きっかけは友達からハーフマラソン出場に誘われたことがきっかけだ。
 それまでもジムは行っていた。
 でも、今ひとつ目に見える効果がなかったのだ。
 40歳を過ぎた頃から一年に1キロずつ体重を増やし、今年の前半も人生最高体重記録を更新していた。
 そこで一念発起、マラソン大会への出場を決意した。
 そのことを意気揚々と電話で妻に報告すると妻が仰天。マラソン出場には絶対反対だという。
 なぜかと問うと、僕のように不摂生で酒を毎日のように飲んでいる人が急激な運動を突然したらむしろ健康に悪いと心配されていたのだ。
 「もう、出るって言っちゃったんだよ」と食い下がりマラソン大会に出たいとお願いすると「その大会まで酒を辞められるなら」という条件が出された。
 成人してからこれまでの人生で酒を飲まずに寝たのは風邪を引いて飲めなくなった何日間を位のものだ。それ以外は毎日何らかのアルコールを口にする日々だった。
 そんな僕にとって禁酒はマラソンへのチャレンジ以上のチャレンジだったが、売り言葉に買い言葉。嫁に止められてマラソン出場を諦めるなんて友人たちの手前ちょっと情けない。
 思わず「やるよ」と答えてしまった。
 大会までは6週間。成功すればこれまでで最長の禁酒になるはずだった。
 飲み会は断ったり、出席してもソーダ系の飲み物でお茶を濁し、家に帰ってちょっと一杯ビールを飲みたい気持ちをぐっと我慢。ノンアルコールビールを買い込んでそれで気を紛らわす。
 そんなつらい気持ちが転換したのは断酒を始めて2週間くらいだろうか、体重が減り始めたのだ。運動不足でぶくぶく太った浪人時代に記録した最大体重も40歳過ぎて軽く塗り替えて久しく、どんなに頑張っても体重が減らなくなっていた。
 ジムにも通ったが、なかなか体重は減らず、僕なりに悩んでいたのだが、禁酒して走りこむとびっくりするほど体重が減り、自分比較で言うと7kg減、30歳のころの体重まで戻ったのだ。
 結果、6月はじめのハーフマラソンも2時間を切って無事完走。
 
 なるほど、ダイエットに成功するってこんなに嬉しいんだ、しみじみ思うほど気分爽快。
 世の中にダイエット本が溢れているのもわかる気がする。自分が成功すると人に言いたくなる。だからも僕も今、こうしてここに書いているわけだが。
 呼吸法や骨盤、食事療法にピラティス、ヨガ・・・ダイエット法は千差万別だが、今回自分が体験したことから言えるのは、どんなダイエットも結局楽じゃありませんん。
 僕も妻に「酒をやめなきゃハーフマラソン大会に出ちゃダメ」と言われなければここまで禁酒を通せなかったはず。
 一番の近道は身近な人に「デブ嫌い」とか「痩せなきゃ離婚」とか本気で言われること。
 必死になりますよ、やっぱり。
 つけパスタなるものがある。
 これはいわゆるスパゲッティをミートソースにつけて食べるもの。
 僕はこれをお台場のダイバーシティのフードコートにあるお店で体験したのだが、単にスパゲッティとミートソースがつけ麺風に分かれて出てくる。その上トッピングと称して温泉たまごと粉チーズをかけて混ぜて食す。
 ここまで来ると新しい食べ物だ。
 器にしてもそばとは違って太くてコシのあるパスタをつける用に、そば猪口に較べれば少し大きめの器になっている。
 今までありそうでなかった感じ。もしかするとこれまで日本中でいろいろな人がチャレンジしているとは思うが、このお店はかなり成功している気がする。

 ラーメンが中華料理に起源を持ちながらも日本で独特の進化を遂げ、中国に逆輸入されるほどのものとなり、ニューヨークでラーメンダイニングが一番新しいおしゃれなスタイルとして流行っていることや、インド起源のカレーがやはりラーメン同様日本で独自の進化を遂げていることを考えると、パスタにもその流れがやってきたと思えるものだった。
 これはすごくヒントになることでは無かろうか?
 その一方で世界では今日本食ブーム。
 近年驚かされることのひとつが、箸を上手に使える外国人が多いことだ。
 少し前はちょっと、ちょっとと思わず声をかけて注意したくなるような使い方をよく見かけたが、最近ではすごく自然に使っていてその風景に違和感さえ持たない。
 それだけ和食、中華などをはじめアジア食が世界中で定着していることの表れであろう。
 アメリカで進化したカリフォルニアロールもさることながら、和食起源で新しい食のスタイルも生まれている。日本酒も世界中で飲める酒になりつつある。

 クリエイティブな仕事への取り組み方として僕が仕事を始めた頃に教えられたことのひとつに「イミテーション・バリエーション・クリエーション」というのがある。
 新しいもの、オリジナルは突然生まれない。必ず「イミテーション」模倣から始まり、それを応用して行く、一部を変化させる「バリエーション」、そして応用の結果、新しいかたちとなる「クリエーション」というステップで辿り着くということだ。
 これをラーメンやカレーライス、そしてパスタについて考えるとよくわかる。
 オリジナルに対するリスペクトを失わずに新しいものへと変化させていきオリジナルを生む。
 これはそもそもオリジナルが確固たる文化的強さを持っているから故、バリエーションするだけの価値があるし、次のオリジナルを生む原動力となる。
 そういう意味ではイタリア料理や中華料理の強さ、この場合強さは「美味しさ」になるわけだが、その強さは言うまでもなく、海外でアレンジされる日本食にしてもその文化的強さは我々日本人が誇るべきもの。
 こうした伝統と歴史のある文化がお互いを刺激し合って新しい時代を作って行く。

 日本経済が停滞して久しいが、今のところ豊かさの指標として用いられるGDPは「国民が作り出す付加価値の総和」である。これはいわゆるクリエイティブのことだ。
 こうした「つけパスタ」のような発想こそが日本を救うと思うのだがどうだろうか。
 ちなみにつけパスタの店はパスタリアンという店で、この台場の店が一号店らしい。