最近自分で車に乗っていると、タクシーの運転マナーが悪いと感じることが多い。

道が急に詰まって渋滞しだしたと思ったら、道路わきに寄らず、車線の真ん中でハザード出して止まって客を乗降させていた。

後続車がそのタクシーを除けなければいけなくなり、ミニ渋滞が発生していたのだ。

ほぼ同じ行動だが、前を走っていたタクシーが急にハザード出して止まる。後ろを走っていた僕は慌ててブレーキを踏んで止まるか、対向車がいなければよけて走ることになる。

なんでもう少し脇に寄せて止まれないのか。

かつては車を運転していると、タクシーは運転上手いなあと思わされることがよくあった。

先の道を読んでスムーズな車線変更、スッと抜けてスッと入る。そのタイミングが絶妙なのだ。僕などはよく右折したいのに右車線に入れず、そのまま直進して遠回りするようなへたくそなので、タクシーは乗っても、傍で見ていても上手いと思うことが多かったのだが。

同じことを思っている人がいないのかと思って少し調べたり、人に聞いてみたりしたのだが、意外な意見に納得してしまった。

それはタクシーがホスピタリティ重視になっている結果だというのだ。

確かにタクシー運転手はとても厳しい目にさらされている。座席前に置かれている「エコーカード」。これが運転手への苦情として届いてしまうと、場合によってはかなり厳しい対応をされると聞いたことがあるし、もちろん、ちょっとでも事故を起こすことは許されないし、交通違反についても同様だ。だからこそ日本のタクシードライバーの質は高いと世界で評判になったりする。

特に東京オリンピックで運転手が再教育されて、お客さんへのホスピタリティ向上を厳しく言われた結果、止めにくい場所で手を上げている客で会ってもすぐに止まって対応する、という結果になっているというのだ。

確かに、とも思う。

昔は手を上げてもなかなか止まってもらえなかったり、バブルのころは行き先を聞いてから乗車拒否されたりしたこともあった。

近年はそういうことはないし、道を知らない運転手が多くなったように感じた時期もあったけど、その恐れがあるときはカーナビに行き先入れてもらったりとかなり便利になったことも確か。

電子マネーでおつりで揉めることもなくなった。

乗る身になったときはタクシーに対して不満に思うことは近年少なくなっている。

しかしながら、そのホスピタリティが徹底した結果、他の車の走行の妨げになるケースが生じているのだとすれば、なんというパラドックスだろうか。

物事というのは本当に多面的に考えないと難しい。

こうしたことが多くなれば、また揺り戻しでタクシーの運転マナーが言われるようになるのかもしれないが。

 

僕は中学から高校の途中までサッカー部で、今は自分ではさすがにプレイしないがサッカーは大好きだ。

中学2年のときにワールドユース大会があり、決勝のソ連対アルゼンチンを観に行ったことがある。

当時のアルゼンチンユースにはマラドーナとディアスがいて、すごい試合を展開した。

僕はこの試合を観て、もちろん一緒に観戦したサッカー部のメンバーも含めて全員が、国を背負って闘うサッカーの試合にしびれ、そのレベルの高さに驚き、大いに刺激を受けたのだった。

何しろ、マラドーナの蹴ったフリーキックが、本当に壁をよけて曲がってゴールポストに突き刺さったシーンは深く記憶に刻み込まれている。

知識としては知っていた「曲がるボール」。しかし当時は動く映像で見ることが出来るのは週1で放送されている12チャンネルの「三菱ダイヤモンドサッカー」のみ。それも45分のハーフが30分に編集されて流れるというものだった。

カメラワークもいまほどライブ感ないし、アップもあまりない。

フェイントなどの技の研究はサッカーマガジンなどの紙媒体の連続写真を見て真似するのが精いっぱいだった。

それが目の前で展開されるレベルの高い試合にもう、目が点になりっぱなし。

ディフェンダーがバックパスを回すワールドカップレベルの試合を観て、真似してボール回したらあっという間に取られて点入れられるようなレベルの試合を普段はやっているもんだから、マラドーナやディアスのプレイは別次元過ぎた。

でも、だからこそ、人生を変えられるくらい影響を受けて、それ以来日本がワールドカップに出場することを熱望し、当時はメキシコオリンピックでメダルを取ったエピソードを読み漁り、ヤンマーの釜本に憧れ、伝記を読み、日本にベッケンバウワーとペレを擁するニューヨークコスモスがやってきたときもテレビにかじりついて見た。

でも、それはエキシビジョンマッチだったし、ワールドユース決勝という真剣勝負の試合はやはり並じゃなかったのだ。

しかもマラドーナという歴史上の人物となる選手がまだ10代!

いやあ、長々と書きましたが、要するにだ、昨日の日本対ドイツ戦、1点目の堂安、2点目の浅野、そして三苫に遠藤、伊東淳也、メンバー全員があの試合を観ている少年たちの人生に忘れられない記憶を刻み付けたに違いない。

まだまだ試合は続くけど、僕も生きているうちに、ワールドカップのような大舞台でドイツに勝つ日本を見ることが出来るなんて、本当に夢のようだ。

女子サッカーがワールドカップ優勝したときも、日本が!?という気持ちだったけど、でもでも、男子サッカーですよ!

オリンピックではイマイチだった森保ジャパンがですよ。

いやあ、生きててよかった。

こうして日本のサッカーはまたそれを観ていた少年たちを成長させるに違いない。

有難う!日本代表!

 

人間は行き詰まると必ずと言っていいほど初心に戻る。

人間に限らず、会社とかもそうだ。

大体「創業当時の気持ちを忘れず」とか「原点に戻り」とか言って、新しい(本人たちはそう思っている)コンセプトや方針を発表するのだ。

そしてそれは大抵の場合、ロクなものじゃ無い。

人間も同じ。やはり行き詰まると、「若い時の気持ち」に戻ったりする。

でも個人の場合は若い頃の自分に戻ることでモチベーションを思い出したり、復活しようとしているのだから、良いのかもしれない。誰だって衰えるからだ。

僕自身も企画として「原点に戻る」という主旨のアイディアを提案することもよくあることだ。

かつて20年以上前だろうか。(確認したら2003年だった)あるアーティストと飲みにいき、「今日は無礼講だ。僕自身に感じていることを言ってほしい」と言われて、「歌詞がつまらない」と指摘したことがある。

今思うとなんと失礼なことか。でもこれが「若さ」だ。年齢とともに失われていく無鉄砲さだ。今だったらもっと丁寧に、でもやはり同じことを察してもらえるように伝えるのだけれど、それが出来なかった。

そのアーティストはそれを聞いて怒ることなく、「じゃあ、それを君の力でなんとかしてくれ」と言ってくれた。

人格者だ。でも、この人格あってこそ、新しい企画が始まった。

売れているそのアーティストの「原点を思い出し」それを歌詞にして歌う、しかも覆面アーティストとして、新人のようにその楽曲を世に問う、そんな企画をたてた。

まず、退行催眠をかけて、人生で最初の頃に書いた曲を思い出してもらった。

彼が催眠術で思い出したのは、少年時代、自分では最高傑作が出来た!と思い、この曲を携えて東京に行こう!とバンドをやっていた仲間のところに雪の中を自転車で向かうシーンだった。

その楽曲はその後彼自身の記憶からも失われていたので、催眠術から覚めた後、すぐにその曲を改めて書き留めてもらい、その楽曲に彼の心情を第三者である作家が歌詞に仕上げて1曲作った。

それを姓名判断で字画数のよいアーティスト名をつけようということで、当時絶頂期だった相撲の若貴にちなみ「若っ貴」と名付けた。

曲のタイトルは「BOKU-SING」。「僕は唄う」という意味と闘うという意味でのボクシングと引っ掛けてあるタイトルだ。

曲はそのアーティストが「新人ならお金が無いはずだから」一人で楽器を演奏して打ち込み仕上げた。

そして出来上がった曲は・・・素晴らしい曲だった。

正直驚いた。

そのアーティストの才能の煌めきを感じ、彼自身が原点に戻ろうが何しようが、曲を作って世の中に届ける人なのだということを改めて認識させられたのだった。

僕が言った失礼な一言「歌詞が弱い」は正確には「歌詞より曲がすごい」だったのだ。

きっといい曲を作ることに労力を注ぎ込み、歌詞にはそこまで重要さを置いていなかっただけだったということだ。

最近の話になるが、山下達郎さんが新アルバムのプロモーションの中で、「日本では歌詞がいい曲が名曲と言われる。でも自分は曲全体で勝負する。いい詞を書きたいだけなら詩人になればいい。」と言っているのを聞いて、なるほどと思ったことがあった。

そう、音楽を作る人は音楽全体で勝負するのであって、歌詞は重要な要素でありながら、そればかりでは無いということ。

僕自身は歌詞ばかり聞いて、楽曲全体を判断できない典型的な日本人リスナーとしてコメントしていたのだなあといたく反省したのであった。

アーティストは原点に戻る、と言っても戻れるわけもなく、やはり新しいものを作り続ける。

自分を鼓舞するためであって、本当に新人時代の拙い歌い方や楽曲、そして拙いからこそ伝わるフレッシュさは戻ってこない。でもそうして葛藤している姿が作品を通して伝わり、やはり同じ時代を生きてきた人たちに新しい感動を生むのだ。

原点に戻ると言って、デビュー曲を歌い直されたらがっかりするし、もちろんそんな人はあんまりいない。

そんなことを思うと結局、人間には前へ進む選択肢しか残されたいないのだと常に思う。

面白い現象だ。