
「歌は人間に生きる勇気を与えてくれます」
「そい(それ)は、人は泣きたい時に歌ば歌うと言うことですですたい
声をあげて泣くかわりに歌ば歌う。歌うたあとはすっきりして
また生きてみようかと思うとたい」
こんな長崎弁の、会話のやりとりが出てくる「長崎ぶらぶら節」(文春文庫)。
作詞家で有名ななかにし礼さんの小説である。
なかにしさんは、作詞家として「グット・バイ・マイ・ラブ」「今日でお別れ」
「心のこり」など多数の歌があり
若い頃に、石原裕次郎との出会いが今日のなかにしさんがあると
なにかで、語っていたことが思い出される。
小説家としてもなかなかの力量。長崎ぶぶら節で直木賞を受賞。
最近、この本をたまたま、読んでみて
人生の教訓みたいなものを、感じさせられ興味深かった。
本の舞台は明治から昭和初めにかけての長崎。
第一次大戦後の景気にわく世相の中。
長崎の花柳界の丸山に売られていった
芸者の「愛八」と地元学者の人物の交流の中で
二人が共同で長崎の古い歌を探し出す作業が
主なテーマで、二人の淡いとも取れる愛の物語も絡んでいく。
もう一つこの本で、面白かったのは。
「歌は英語でエアー、フランス語でエール
イタリア語でアリア~つまり空気のことたい。歌は目に見えない精霊のごたるもんたい」。
主人公の学者が述べる一節だが、これは知らなかった。
つまり、エアー空気にはもう一つに、「アリア」イコール歌の意味も含まれているのだ。
英語は通算10年習わされてきたがうかつだった。
アリアはオペラなどソプラノ、テノール歌手などが歌う歌唱に使われる。
ソロ、デユェツト、トリオで歌うものがある。
すぐ頭に浮かぶのはモーツアルトのフイガロの結婚の
「恋とはどんなものかしら」。プッチーニのツーランドットの
「誰も寝てはならない」などが有名。
3人の合唱では、R・シュトラウスの「バラの騎士」の後半に歌われるが好きだ。
下の写真はレーザーディスクのジャケツト。

話は変わるが昨夜は衛星放送で
井上陽水のライブコンサートの放送(オンエアー)があった。
シンガーソングライターの井上さんはユニークな歌詞と
作曲で今も人気があるが、彼も今、還暦を迎え過ぎた。
若い若いと思っているうちに、時間が流れる。
多くの歌の中で、やはり「少年時代」が好みだ。
「夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれにさまよう
青空に残された 私の心は夏模様~」