大和三山に囲まれた藤原京跡 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 都市化が進む奈良地方だが
 
まだまだ手つかずの、広大な土地が残されている。
 
 規模として、京都の御所を一回り大きくした敷地のように思えるところ。
 
 それが、奈良県橿原市にある「藤原京跡」。
 
橿原市から桜井市に抜ける国道沿いに
 
 その空間の威容を見ることができる。
 
藤原京は西暦694年(持統8年)から
 
 710年(和銅3年)まで、持統・文武・元明の
 
3人の天皇が三代にわたって、都にしたところである。
 
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 藤原京は帝都と表現されているように
 
その面積は5キロ余り四方と壮大。
 
 日本史上、最初にして最大の都と言われる。
 
また、日本初の坊条制を取り入れており
 
 いわゆる碁盤の目の道路を作った都市形態である。
 
のちの、平城京(奈良市)や平安京(京都市)の都市作りのモデルになった。
 
 古代の国会議事堂のようなものがあった、永田町とも表現されるスケールである。
 
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 今も発掘調査が行われいる。
 
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 藤原京は、今の奈良市街に近い平城京に
 
都が移されると、その翌年に早くも焼失し廃墟になる。
 
 710年のことである。今からざっと1300年が経過した
 
勘定になる。
 
 現在は大和奈良の草原のような趣である。
 
藤原京は耳成山、畝傍山、天香久山の
 
 三山に囲まれ、万葉詩人を多数生み出してきた。
 
また、薬師寺なども建造された白鳳文化の華が
 
 咲いた時代でもあった。
 
こうした因縁からか先頃、この藤原京跡に
 
 ハスの花園ができ、古代の頃の時代イメージに
 
花を添えている。中には、唐招提寺から譲り受けた蓮などもあって
 
 奈良らしい雰囲気を出しているのが、奥ゆかしく思われる。
 
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