
昨年夏の富士山。
富士山は、今では五合目まで車で行ける。その手前の姿。
富士山は宝永4年(1707)10月の
宝永地震の49日目に噴火を起こし、南東側の
中腹に山が出来た。これが宝永山(海抜2702㍍)。



宝永地震は、日本では最大規模と言われる今年3月の東北の大地震に
次ぐ2番目のものとされていれる。
東海地方から四国・九州にかけての地震が起きた。
震源は潮岬沖。マグニチュード8,6と推定されている。
東海道、紀伊半島を中心に
犠牲者は2万人以上にのぼった。
大阪湾にも津波が押し寄せ
大坂の町が水に浸かり、多くの被害が
出たと記録されている。

今は、富士山の子供のような感じの宝永山は
登山道が整備されハイキングのように
行けるようになっている。
訪れる外国人のグループが目につく。

ところどころに、道を阻む岩石が見られる。
当時の溶岩のようである。

この写真は宝永山の第一火口。
爆発時の事は無かったかのように
登山を楽しんでいる様子である。
自然と災害は同居している。