リアカーと人力車 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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  リアカーと人力車は

日本が、貧しかった時代の交通輸送の

 有力手段のひとつだった。

今では、リアカーはほぼ全滅の状況のようで

 人力車は観光用として復活してきた。



リアカー(リヤカー)は両端に

 車輪がついた荷車。農村はもとより

都会でも普段に見られた時代が

 戦後間もない時期まで、あったように資料に出ている。

先日、城崎温泉を訪れた時に

 リアカーの行商にお目にかかった。

経済の高度成長期のある時期までは

 城崎温泉では、リヤカーのカニ売りが名物であり

城崎の冬の風物詩でもあった。

 当時、約40台のリアカーが城崎で

活躍していたそうで、今は1台だけに。

 売られる品物は土産用の海苔などの海産品。


次は人力車。

 人力車は明治の初め、西洋馬車にヒントをえて

日本人が発明。

 明治から大正を中心に、徒歩より早く移動ができる

有力な輸送手段として普及。

 車の両横に、大きな車輪がついていて

1人乗り、二人乗りがあった。一般用としては

 1人乗りが多かったという。

鉄道が出切るまでは、大阪、神戸から人力車を乗り継ぎ

 城崎の湯に浸かりに来たという話も残されている。


京都の嵐山、平安神宮、清水坂あたりには

 最近、観光客用の人力車がよく目にできる。

レトロな雰囲気が感じられ、若い人に人気が高そう。


 余談だが、美空ひばりの歌に

「車屋さん」のヒット曲(米山正夫作詞作曲)があった。


 「ちょいとお待ちよ車屋さん~

   内緒で渡して内緒で返事が内緒で来るよに出来ゃせんかいな~

  人の恋路を邪魔する奴は空の月さえ憎らしい

          エー車屋さん」

 随分、古い歌で懐かしいようで、そうでもないようで。

      (最後の写真は京都市内、他は城崎で)