伊丹の有岡城跡 | 世情いろいろ

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日々、思いついた事、感じた事を写真をまじえながら
記録していきます。そして季節性を取り入れながら。ジャンルは
多岐、多彩にと思っています。

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 戦国時代に織田信長の

有力な武将だった荒木村重。

 村重は壮大な城をここ、大阪に近い伊丹市(兵庫)の

地に築いたが、謀反を起こし落城する。


 鎌倉時代末に、伊丹氏が城を居館として建て

戦国時代には堅固な構えになる。

 天正2年(1574)に織田信長の

武将荒木村重の攻撃によって落城。


 その後、信長の命によって有岡城と改名し

村重は壮大な城を築いた。

 有岡城は丘の高低差を利用し、その構えは

南北1,6キロメートル、東西800メートルに及ぶ。

 しかし、村重は謀反を起こし天正6年

信長勢の攻撃を受け、10カ月間の攻防の末

 強固な城も落城となる。

この事態のあとに、信長は本能寺で明智光秀の

 反乱によって壊滅する。

有岡城はJR伊丹駅のすぐ近くにあり

 また、光秀の城は福知山駅近くにある。思えば

それぞれ福知山沿線に、城があった事になる。



 歴史の地政学的な影響が思いやられる。


有岡城はその後、廃城になり明治36年に鉄道の

 開通によって、城跡の東側が削り取られたが

堀や土塁などが、今もその姿をとどめている。

 最近は、このあたりの都市化が急速に進み

以前の、のどかなたたずまいはなくなってしまった。

 城跡近くの陸橋には、古城橋という名前がつけられている。

 城跡は国の指定史跡になっている。

※最後の写真は有岡城の堀跡。