余命3か月です。
例えば主治医に
そう告げられたとして
これからを
しばらく考えてみる。
まだ3か月もあるじゃないかと
前向きに冷静に対応できる程
私は出来た人間じゃないけど
狼狽えて乱れるほどこの世に
しがみついて生きる気力も無い。
ならば今からでも
すぐにやれることを見つけて
取り掛るのが賢明なのか?
後悔の無いようにと
思うままに行動して
会いたい人に会いに行き
行きたい場所を巡って回るとか。
食べたいものを食べまくり
やりたい事をやりまくって
最後は皆に囲まれて包まれて
惜しまれるように、、
涙のお別れをして安らかに
眠るように逝けたら理想だけど
その程度の内容ならば
数週間もあれば十分かもしれない。
僕のこさえた借金をどうするかは
家族ときっちり話し合い
隠し事とか秘め事も綺麗に整理して
墓まで持って行く段取りも抜かりなく!
この世に未練は無いつもりでも
せめてもう少しマシな善行を積んでから
閻魔大王のお裁きを受けたかったな。
何か偉業を達成した偉人でもないし
社会に貢献し続けた履歴も無いし。
地獄での苦行期間が少しでも
軽減されるネタが無いのなら
渾身の一発芸でも披露したら
風向きが変わるかもしれないけど
淡い期待に縋るより奈落で過ごす
覚悟を強く持つしかないだろう。
病気などがきっかけとなり
本気で命の覚悟を決めた方々は
人生観に迫力があり視線とか
視点が根底から違う気がする。
私ごときの戯言なんぞ所詮
ただの妄想遊びに過ぎないけど
この程度しか思いつかない
僕の末期は哀れで虚しく地味で
暗くて薄っぺらな人間、、
そのものがそのまま示されるだけ。
華やかな顔ぶれに
賑やかな経緯を称えられつつ
多くの方々から慕われ惜しまれ
悔やまれながら
格式高い伝統や歴史や文化を
重んじる高貴な方々は
気軽に身軽に逝くなんて許されない
そんな余命を過ごすのだろうか?
素晴らしくカッコいい生涯を
記念日と共に語り継がれて
今も人々の支えとなり
祈りの対象にもなる方々とは
功績共に称賛されて神的な存在へと
永遠に祀られるのだろう。
私は風に散り雨に紛れて
土に落ちて草木の養分となり
ヤギにもしゃもしゃ食われた後に
消化不良の排泄物となって野晒しに。
運よく自然発酵した養分豊かな
堆肥に変化したならば
畑に撒かれてトマトの成長を促し
そのまま実って捥がれて
サラダになって誰かに食われる
のが来世の転生先かな。
その程度でも何かの誰かの
一瞬でもお役に立てるならば
これ幸いに御座りますれば、、
余命3ヶ月と告げられたら
仕事はせずに
アメブロ更新を毎日欠かさず
挑戦するのもアリかもしれない。
北海道まで日本中を旅をしながら
各地のブロガーさんにご挨拶しつつ
巡るのもいいかもね♪
それぐらいなら
余命3ヶ月は妥当な期間になるかも!?

