毎日、毎朝
スマホを見つめたままで
バスに揺られて学校に行く。
それぞれの個性と
それぞれが
何らかの事情を抱えていようが
決められたカリキュラムは
時間通りに淡々と進む。
社会は
相互的な組織の営みであり
流通や循環という
サイクルの一端でもあるなら
一定の基準や法律を守り
良識のある常識に沿って
粛々と従うことも大切だ。
付いて行けない
向いていない
合っていない
そんな違和感を感じて
自分の特別を主張したいのなら
異論を唱えて
訴えることも自由。
何処かに集って共感しあって
連帯感を支えとすれば
生きる糧にもなるだろう。
ストレス発散という
何かを楽しみながら
この世の矛盾や違和感を
受け入れては
そのまま受け流す
柔軟な術も大切だと思う。
都会の華やかな環境は
自由になったつもりの
僕のあらゆる欲望を
何でも受け入れてくれた。
何かに挑戦する時には
誰かの思いも踏み台にして
否定や反対も勢いとする。
何処かへ向かう時には
孤独も孤立も覚悟して
疎外されても個性とする。
君はどこにいるの?
どこで何をしているの?
”便りの無いのは良い便り”
なんて言うけど
これだけ文明が発達した社会で
そのままを、ただそのままとして
受け入れることは難しい!
それでも、、
信じるとか、祈るとか
何かしらの言葉に頼らなければ
何かと落ち着かない日々だ ww
今更に
GPSのアプリとか
生存確認の方法を
何か考えとけば、、、
なんて思ってみても
あとのマツリ!
私という親は
本当に無力である。
わかっていたつもりでも
まだ、全然
受け入れていなかった ww
ただそのままを
噛み締めて過ごす日常には
まだ、慣れていない。
家族は仲間でありながら
個人であり個性があり
それぞれの生き方がある。
その主張を尊重もするけど
時には否定して反対もする。
その感情のやり取りは
そのままで
幸せなんだと気が付いても
今はただ、今でしかない w
常識よりも良識よりも
何よりも上回る勢いがあり
自分も誰かも思いつかない行動で
自分と誰かを信じてみる。
疑う世の中と
信じる社会が一緒なら
私は心の流れに委ねてみたい。
その旅は
”便りの無いのは良い便り”
その意味を
ただ味わうだけの序章です!
誰もが簡単に
瞬時に
いつでもどこでも
繋がる時代だと言うのに
僕は……
人間の潜在能力と
野性の勘を研ぎ澄まし
ちょくちょく
スマホの通知を気にしながら
ちょこちょこと
通知のないスマホを取り出して
こそこそと
何気ない素振りのままで
何度も何度も
確認しております!
アメブロ、インスタ
Facebook、Twitter
の界隈で
何か発信していないかなぁー。
もしかしたら
YouTube、ユーチューバァ
なのかもしれない!
やっぱり、本来の
野生的な人間力を信じて
テレパシーを使ってみよう♪
ww