偏見 | 心の波

心の波

ネガティブでも
幸せ探して生きてます♪

 

朝の清々しい青空と

 

山の緑を眺めながらの田舎道は

 

信号もまばらで走り易い。

 

 

基本的に人通りは少ないのだが

 

通勤・通学のピーク時だけは

 

何かとせわしくなる。

 

 

いつも通る道には小学校も中学校も

 

専門学校までも並んでいるので

 

朝はとても賑やかだ。

 

 

小学校では、朝のラッシュ時であっても

 

横断歩道を渡らなければ

 

辿り着けない所がある。

 

 

子供だけでは危険だからと

 

交通安全を見守る方々や先生方が

 

いつも付き添いながら

 

遮るタイミングを気にしている。

 

 

車の流れを止めた際には

 

申し訳なさそうに

 

子供と一緒にお辞儀をして

 

双方の運転手さんに感謝を伝え

 

滲むような和やかさを醸し出す。

 

 

小学生は校則の延長上なのか?

 

マナーとして習慣化されたせいなのか?

 

それとも体が勝手に反応するまで

 

根気よく躾られたせいなのか?

 

 

たまにお辞儀の仕草が激しすぎて

 

元気よく踊って見える時もある ww

 

 

・・・

 

その先にある中学校ゾーンでは

 

そんな挨拶やお辞儀もまばらになり

 

思春期の狭間にある子供たちは

 

幼さと成長をチラつかせる。

 

 

そして・・

 

その先の専門学校ゾーンとなれば

 

 

思春期と青春期の学生が

 

バスを降りた時から

 

スマホに視線を移し

 

 

画面に向かって微笑みながら

 

寒さに縮んだ背中のまま歩いている。

 

 

社会人として都会に出ても

 

風景として馴染むように

 

人の流れの中でもスマホは必需品だ。

 

 

田舎道でもキョロキョロせずに

 

だまって画面を見つめることが

 

何よりも都会の雰囲気として

 

大切なのかもしれない ww

 

 

・・・

 

その専門学校に隣接している

 

児童養護施設からは

 

 

小学生も中学生も高校生も

 

それぞれの学校に向かって登校する。

 

 

自由な出で立ちでスマホ画面に集中している

 

多くの専門学生とは対象的に

 

 

施設の門から飛び出して

 

すり抜けながら通学する子供達を

 

僕はいつも勝手な偏見で見つめている。

 

 

事情があって身寄りがなく・・

 

施設での集団生活を強いられながらも

 

たくましく生きているなあ・・

 

という先入観で眺めては

 

お節介という同情に浸り

 

身勝手な情けに酔っている。

 

 

普通に元気よく歩いている姿を

 

勝手な意味付けをして同情することで

 

自分を正当化しているつもりなのかも。

 

 

施設での成長ぶりは

 

ドラマや映画のストーリーとなって

 

その存在意義を示してしまいがちだけど

 

本音の本心なんて誰にも分からない。

 

 

寄付やボランティア活動の対象となったり

 

偏見で歪められたりしながら

 

勝手な同情を抱いている僕が・・

 

 

ナンボの人間なのかは別として

 

娘の通う学校内でも

 

時々話題になりながら

 

 

差別や偏見を持たないようにと

 

タブーな暗黙を貫いている。

 

 

・・・

 

施設の子供達が元気よく

 

公園で遊ぶ姿を見たことがある。

 

 

施設の子供が誰かを傷つけて

 

やっぱりね・・と嘆く姿を見たことがある。

 

 

施設の子供が友達と一緒に

 

先生に笑顔で駆け寄る姿を見たことがある。

 

 

施設の子供が特別扱いを受けて

 

それを不服だと訴える姿を見たことがある。

 

 

・・・

 

施設からすぐの場所に設置されている

 

押しボタンで車の流れを止め

 

少し恥ずかしそうに俯きながら

 

横断歩道を一人で渡る女子高校生。

 

 

渡り終えると振り返り

 

双方の先頭車両に軽く頭を下げた。

 

 

染みついた習慣なのか

 

心からの感謝なのかは分からない・・

 

 

片手にはスマホを握っていても

 

画面に意識を奪われることなく

 

自分の意思に向き合って

 

ちゃんと伝えるその姿に

 

 

僕は偏見の眼差しで見つめながら

 

施設の子供なのに・・・

 

偉いな、凄いなと思った。

 

 

もしかしたら

 

先頭車両のお兄さんが

 

どちらもイケメンだったから

 

 

思わずときめいて

 

溢れた素直な笑顔?

 

だったのかもしれないけど・・

 

 

僕の勝手な偏見は

 

同情している振りをして

 

自分を確認しているに過ぎない。

 

 

大した人間でもないくせに

 

偏見という先入観で物事を決めつけて

 

社会を判断しながら生きて来た。

 

 

おっさんだからしょうがない。

 

田舎者だからしょうがない。

 

そんな時代だからしょうがない。

 

そもそもが

 

人間なんだから・・

 

ダメでも笑われてもしょうがない ww

 

 

・・・・

 

自分の偏見と先入観で

 

自分を勝手に判断して

 

 

自作自演で偽っては

 

適当に惰性で生きる僕を見て

 

 

きっと宇宙人は嘆いているだろう。

 

 

地球人は勝手で気まぐれだから

 

しょうがないなあ・・・・と。

 

 

宇宙人の皆さん!

 

偏見で地球人の事を決めつけないで!

 

 

地球人はもっともっと誠実で

 

愚直で親切な方々が大勢いますよ!

 

 

僕はこの地球上では稀な

 

怠慢でだらしのない人間なのです!

 

 

一部の人種を見ただけで

 

勝手な偏見で決めつけて

 

地球人を哀れな存在だと思わないで!

 

 

あなたの得意なテレパシーで

 

感じて正当な判断して下さい!

 

 

あなたの特技で心を察して

 

穏やかに寛大に見過ごして下さい!

 

 

そうすればきっと

 

あなたがた、宇宙人に対しても

 

人間はきっと・・・

 

 

恐ろしい勝手な偏見なんて

 

誰も抱きませんよ!

 

 

でも僕の偏見だけは根深いから

 

なかなか恐怖心は無くならないかも・・

 

 

だから僕の先入観を払拭するためにも

 

出来れば美しく女神のようなお姿で

 

この地球上に現れて下さい♪

 

・・・

 

あの世の仕組みも

 

この世の不思議さも

 

異次元の素晴らしさも

 

 

誰かによって何かによって

 

偏見で操作されているのであれば・・

 

 

一旦、深呼してから見上げれば

 

偏見も愛情の表現なんだと

 

ふわっと感じるように

 

ほわっと理解できる時が

 

じわっと訪れるのかもしれない。

 

 

この世には

 

偏見という歪んだ勢いで

 

押し付けるように伝える心もある。

 

 

理解できずに受け入れられない時は

 

自虐で誤魔化してしまいがちだけど

 

 

その弱さには秘められた軸があり

 

込められた真実があるのかも・・

 

 

戸惑って迷って浮かれて悩んでも

 

取り敢えず無難にまとめる言葉が

 

”ありがとう”としても使われるのなら・・

 

すべての意見は感謝に繋がり

 

誰かの心を支えているのかもしれない。

 

 

・・・なんて勝手な地球人の

 

いち意見を

 

 

宇宙人の偏見を恐れずに

 

らりごに扮してつぶやけば

 

 

地球上ではブログとなって

 

こうして配信されているのでしょう!

 

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