地元あるあるだと思いますが私の子供の頃は平和学習しっかりありました
8月6日は登校日でしたね😅💦
現在は全く関係なく夏休みです
学校では戦争の話を聞いていたように思います
テレビも一日中全てのチャンネルが戦争の話や番組、ドラマだけです
子供ですから正直うんざりしてました
(ごめんなさい🙇)
中学生までは登校日に学校に行ってただ座って話を聞いたりプリントを貰ったりでしたが高校生になってからは平和学習としてしっかり勉強して活動までする係が出来ました
原爆記念日には平和公園に行って高校生の活動に参加している係の人がいました
そこまで積極的に学ぶ気持ちがなかったので何となく平和学習が苦痛でした
大人になって被爆者の方の話を聞いたりドラマにされたのをテレビで見てやっと平和の大切さがわかった気がします
蛍の墓という映画を見て涙もしました
教室で先生に話を聞いたり資料を見ても自分のこととしては考えられなかったのです
原爆資料館に行ったことがありました
あまりにリアルで怖かった事だけ覚えています😰💦
現実に起こったことで事実だけど子供には見るに耐えないお人形がいました
頭から足まで全て焼けただれて皮膚や皮が垂れ下がり血だらけで歩いている人
どれだけ辛かったか、熱かったか、痛かったか想像も出来ません
子供には怖かったという思い出だけでした
現在では少しずつ変えて入館する時に見るか見ないか選択できる場所があるそうです
祖母がヤミの食べ物を買いに山を超えて買い出しに行く途中、広島の空が明るく光りドンと大きな音がしたそうです
モクモクと雲のようなものが空に上がって
これは何か大きな事が起きたのだと思った祖母は引き返して家に帰ったそうです
被爆はしないで済んだのですがやがて終戦を迎えたそうです
今も苦しんでいる被爆者がたくさんいます
地域が離れているとして被爆者として認定されない人もいます
黒い雨が降ってその雨に濡れて被爆した人がなかなか認定されない現実があります
雨雲は動きます
風は吹きます
地域を決めるのはおかしいと思いますが国はいつ認めるのか
戦後81年を迎えました
被爆者、伝承する人は少なくなっています
伝承していくことの大切さをどの放送でもしています
「日本原水爆被害者団体協議会」という、1956年に結成された原爆被爆者による唯一の全国組織です
核兵器の廃絶と被爆者援護を訴え続けてきた功績から、2024年にノーベル平和賞を受賞しました。
その代表も言われています
皆さん高齢になり事務局も85歳の方々です
体力も限界になってきました
会の存続に危機感持っています
今後は協力して下さる他の若い会の方々に伝承して行くことを望んでいます
何も出来ないと思ってばかりでしたが小さな署名や寄付なら出来ます
それは今ままでもしてきました
これからは少し成長してきた孫達に私のわかる話をしていこうと思います
資料館もリニューアルされたので久しぶりに見学に行きたいと思います
平和について考えたいと思います