①涅槃門と拝殿
②感仙殿
③参道
④瑞鳳寺山門
訪問日:1990年代
所在地:仙台市青葉区
寛永13年(1636)仙台藩初代藩主・伊達政宗は江戸で70歳の生涯を終えた。37歳で跡を継いだ伊達忠宗はその遺言に従い、仙台城を望む経ヶ峰に政宗の霊廟を30万両かけて建立し瑞鳳殿と名付けた。
その後、忠宗が万治元年(1658)死去すると、その遺言により瑞鳳殿と相対する場所に伊達騒動の原田宗輔が奉行となって感仙殿が建立された。
3代・綱宗の善応殿はその隣に建立され、4代・綱村以降は主に茂ケ崎の伊達家墓所に埋葬されている。
明治元年(1868)仙台藩は戊辰戦争に敗戦、感仙殿が本堂を残して取り壊された。
昭和6年(1931)瑞鳳殿とその付随建造物、感仙殿が旧国宝に指定されたが、昭和20年7月10日米軍による仙台空襲により全て焼失した。
昭和49年(1974)瑞鳳殿址の発掘調査が実施され、政宗の遺骨や副葬品などが出土した。身長159.4cm、血液型はB型、左腓骨に骨折の跡があったという。
昭和54年(1979)瑞鳳殿と拝殿・涅槃門などの付随建造物が、昭和60年(1985)には感仙殿、善応殿が再建された。