愛想笑を浮かべたドイツ人がドテラ着て、炬燵でミカンむきながら、あけおめ。ってくらい不自然なのだ。
日本のクリスマス。
なーんの知識や祝福の気持ちもなく、ただの商業的戦略に吊られてるだけのくだらねーヘンな液を垂れ流したよーなヤツらを見てると、本当に信者だな。
おかしな壺を買うよーな信者。
まあ、クリスマスのプレゼントで、クリスマス丸出しで全然つぶしがきかないよーな物が売れてんだから、本当につぶしがきかない信者なのだ。
今時三角帽子で鼻眼鏡でクラッカー鳴らすよーなバカは歴然とスタンダートに存在するのだが、そのウラにはクリスマスの悲しい一面があるだろ。
たとえば、童話なのだ。
よく知られてるのは「マッチ売りの少女」と「幸せな王子」とか。
マッチ売りの少女。
裏町の酒場で男に捨てられた少女が、よせばいーのに保証人になった闇金の極悪非道な取り立てに疲れ果て、パイプ印の徳用マッチを片手に放火して回っては、燃え盛るクリスマスツリーや、逃げ惑う酔っ払いサンタをあざ笑うってな、とっても悲しい物語。
幸せな王子。
目玉がデーヤモンドだったり、真珠のネックレスをしてたり、ルイヴィトンの兵児帯をしてるオカマのイッコーを数倍酷くしたよーな最悪な趣味の王子様の銅像に、売りセンの若いツバメがやってきては王子をだまくらかして目玉のデーヤモンドや諸々の宝石を売りさばいては錦糸町あたりで豪遊。
それに気付いた王子は、きーっくやしいっ! とか叫んで大魔神のごとく動き出して街を崩壊させるってな、観るも無残な物語。
人々が幸せで偽善的なクリスマスになんの疑問も持たずにバカ丸出しで騒いでたり、これまたバカ丸出しでなんの計画性もないカップルがラブホテル一室の奪い合いを展開している間に、こんなに悲しい物語があるんだぞ。
おれはもう20年くらいこんな催し物の仕事をしているから、お陰で喰えてる半面、すんごく客観的なのだ。
でもその昔、とある施設のクリスマスに、ボランティア並の料金でイベント・ステージの進行をやったことがあるのだ。
司会者は中学三年生で、病名はわからんが幼少のころから喋ることを拒否した少年だった。
少年にとって、その施設での最後のクリスマスだったんだろーな。
全然声変わりもしていない、幼少の、幼い声で司会をやり遂げたのだ。
これが本当のクリスマスプレゼント。
こんなに正しいクリスマスは、現在においても最初で最後なのだ。
こんときの、施設の中学生バンドが演奏していた、レッド・ツェッペリンの天国の階段は、下手くそで忘れられないのだ。