週刊誌で、徳岡孝夫ってなジャーナリストがほざいてたのだ。
「誰か腹でも壊したの? 食品偽装『魔女狩り』はもうええやろ」
記事の内容は、三十年ほど前の汚いパリの水を飲んでも平気だったとかの、てめーの無神経で不感症な内臓自慢に始まり、ミートホープ、伊勢の赤福、秋田の比内鳥、ほっかほっか亭、マクドナルド、船場吉兆などなどをフォローする内容だったのだ。
ただフォローするだけならいいのだが、見出しの通り、誰も腹壊してねーんだし、下町のおばちゃん食堂、商店なんざザラにやってることだし、家庭のかーちゃんなんかも消費期限、賞味期限切れてても平気じゃん。だから四の五の言って騒ぐんじゃねー。ってな内容で、あまつさえ表示を信じるのはガキのすることだから、大人は表示を疑えとまで言い切る。
このジジイ、ジャーナリストだろ。
ざけんじゃねーよ、世間は常識とか約束とかそーゆーしがらみで回ってんのだ。
話が長くなるから耐震偽装問題には触れねーけど、場合によっちゃー命がかかってる。
誰も腹壊してねーじゃん。じゃなくて、腹壊してからじゃー遅すぎる。ってーのは、このちんちん勃たなくなって二十年くらいの孝夫ボケジジイの想像力はついていってねーのだ。
もうこんな記事載せるなよ週刊文春、おれは愛読者なのだ。
家庭で作る料理を仮に図画工作に例えるとして、それは家事のプロであるかーちゃんの勘とセンスで成り立ってんだから、あくまでも家庭内自己責任だろ。
それにくらべて企業が消費者、いわゆる家庭のかーちゃんに提供する食材は化学なのだからして、数字の一つ一つを忠実にして同じ味の食材、料理が出来上がるんだよな。
そこで、何故消費期限、賞味期限の数字だけ改ざんするんだよ、あ?
もったいないとか、調理製造工程で色んなもんをクールに捨てやがるクセして、何故ここだけ人情が入んだよ、あ?
料理人はコーディネイターでケミストでタレントだろ。
長年培った眼で材料を選んで、長年培ったレシピ、重量とか数量とかあるいは寝かせる日数とか数字を守って味を調える。
てめーら数字の奴隷に徹すれよ。
徹頭徹尾、手を抜くなよ。
半端なことすんなよ。
経営者、プロデュースのジェネラリストでマネージメントが手抜きの張本人なら、尚更数字の奴隷になって、一桁の足し算の足枷からやり直せ。
そこに思いつきもセンスもなにもない、ただ、食材のキャラクターに応じて同じ味を守り、守るってーことはとーぜん食べごろ、消費期限、賞味期限を守る、簡単な約束を守るだけなのだ。
守れ守れ守れ守れ守れ、んな簡単なこともできねーなら、バケツ持って立ってるだけじゃあ済まねーぞ。
仕入れた食材は一分一秒でも過ぎたら廃棄する。
もったいないもなにもない、過ぎさせたてめーらが悪い。
次の仕入れの教訓にしろ、ってーか、てめーら何年やってんだよ、あ?
ってか、そんでもって人命にかかわったら、それとどっちがもったいない、あ?
ったくムカつく腹が立つ、これは食品テロリズムなのだ。
腹壊す云々じゃーなくて、こんな些細な約束事も守れない、まあ、世間全般そーだよな。
タバコ、酒、車、自転車、年金、もう政治からしておかしーのだが話が長くなるからやめておく。
おれたちゃ数字や日数やもろもろと、やんどころない事情に折り合いを付けて、銭稼いで飯喰ってんだ。
ふざけんのはたいがいにしろ。
ジャーナリストのジジイ、死ね。