お亡くなりになったんだって。
おれは、ドリカムとかにはまったく興味はない。
ってーかまあ、人並みに曲は聞いた事があるし、ドリカムの元メンバーがおれと同じゲイで、おれと似たよーなクスリやって、捕まったぐらいは随分前の週刊文春に載ってたのだ。
ただ、ドリカムのボーカルのねーさんは、あんなにポジティブで、ヒトに元気と勇気と希望をそそのかす歌をうたっている姿だけしか見たことがないのだ。
あのボーカルのねーさんの顔は、おれは笑顔しか知らない。
旦那33歳、ねーさん42歳、えらく歳がはなれた夫婦だが、その年齢差の気持ちと、おれにはわからない価値観、それは愛情とか心を埋める何かとは違った、確固たる、確信があったのだ。
ここんとこ毎日三時間足らずの睡眠で、うろんとしたまま今朝のニュースを観て、感動してしまったのだ。
あのねーさんが号泣している。
旦那が死んで。
バックに流れる、ドリカムの曲名も知らないバラードが、レクイエムに聞こえ、祈りに聞こえ、それに心が共感し、心が動いた。
すなわち感動してしまって、電車の中でもその祈り、バラードが耳から離れず、うるうるしてたのだ。
おれは地獄の底から願うよ。
ドリカムのねーさんは、今、これからもっと幸せになるのだ。
ヒトに幸せと元気と希望をそそのかしてきたねーさんには、残念ながら不幸になる権利がないのだ。
残念だが、ヒトに幸せを強要してきた分だけ、いや、それ以上に幸せになってもらう。
悪いが覚悟してもらうのだ。
旦那が死んだのは、何かの間違いだったかも知れん。
間違いは、取り返しのつかない間違いはなんにでもあるのだ。
今日、おれはヘヴィなヤボ用から解放されたので、こんな夜更かしして、好きな酒を呑んでいる。
明日晴れれば洗濯したいのだが、さっき帰宅なので天気予報を見れなかったのだ。
おれはこれからもドリカムには興味がないのだ。
でも、一緒に祈るのだ。