うろんころんしてみる隊 -82ページ目

うろんころんしてみる隊

うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

峰を見よ 弛まず進め 俯瞰の眼

 

 

近隣のスーパーへ買い物に行くと、なんと キャベツ一玉はちじゅうよえん!

すみません、びっくりしたので冒頭から書かせてもらいました。土曜朝市価格、地元産の大きなキャベツです。あの一時期の高騰価格はいったい何だったのか?農作物(特に路地もの)は天候に左右される面もありますが、目の前の現象だけに慌てず踊らされず、生産者も消費者もお互いに良き状態で流通消費が循環すればいいなと思いますな。大地の恵と人の手間、真に有難く頂戴します。

 

 

さて、平戸見聞記の続き「松浦史料博物館」から。

東日本の方々から見ると、九州のしかも西の果てなんて、随分辺鄙なところだと思われるかもしれません。確かに、橋で結ばれた日本最西端のみなとまちがありますものね。

然し、古くは朝鮮半島との交流も深く、また対馬海流に乗った海の道か、東南アジア~マカオ(ポルトガル領)フィリピン(スペイン領)東インド(オランダ統治)との貿易も盛んでした。

朱印船貿易として歴史でも習いますが、まだ国際ルールなんて整備されていない時代に「貿易」という諸国との駆け引きは大変だったろうな・・・とも思います。異国の宗教と政治的駆け引き・・・自国の価値感と相手国民との性質も違いましょう。

1550年にポルトガル船が平戸に入港しましたが、あらら・・な事件(宮ノ前事件)もありポルトガルは長崎に移ってしまうんですけれどもね。考えてもみれば、言葉も見た目も違う異国の人たち相手に度胸もいったことでしょうに。見た目どころか、価値観も思想も全く違うでしょうから、互いに起こる摩擦を、どのように捉えるか?成功もあり、失敗もあり。

歴史の反省は、相手を糾弾し続けるか、未来の彼らの為にも建設的に捉えていくか・・?

 

話がちょっと脱線してしまいましたね。然し、他国との貿易において、様々な文化や技術が持ち込まれ、また自国に合うようにアレンジされた物が、その後何百年も大切に大切に残してあるのですから素晴らしいと思います。

だって、平戸って、大陸から風も吹いてくるし、外海の潮もあって、海沿いは湿度が高いんですよ。蒸し暑いとかではなく、海からの湿気が・・・お陰、金属が錆びやすくって、刀の手入れが大変だったそうです。紙だって湿気てしまうでしょうに・・紙魚(しみ)がね・・喜んで食べてしまうんです。

 

さて、明治時代に建てられた邸宅の中には、様々な歴史的な資料や美術品が飾ってありました。ストロボをたかなければ写真撮影は可能との事でした。

 

 

 

甲冑

パンフレットによると、紺糸威肩白赤胴丸というものが国指定重要文化財とされています。

 

御世襲品第二十四号・・・大友と記されている通り、大友義鎮(宗麟)より、松浦鎮信へ贈られたものでしょう。

鎮信の名を見ての通り、義鎮から諱を授かっています。しかも、元服の際に武具一式を授かっているそうで・・・いたく大事にされている。そうか、宗麟は父(隆信)の代の主君だったものね。

 

ん~あれ?松浦家の資料等を確認すると、展示してある二つの甲冑は・・紺糸威肩白赤胴丸・・ではなさそうですな。平戸松浦家資料という本には、他にも甲冑があるようで・・・。これは・・・誰のだろうか?

いかん・・説明版があったのかも知れませんが甲冑と屏風しか見ていなかった・・・。まだまだ勉強不足ですな、いい加減な事を書いてしまった事をお詫びいたします。展示の入れ替えもあるのでしょうから、一度限りで満足しては勿体ないようです。

※もう一度資料を確認すると、大友からの甲(兜)、具足(鎧)、と別にこの三点、鎮信の孫隆信(宗陽)の甲と具足があるようですね。まだまだ知らないことばかり・・・生半可な知識で書いてごめんなさい。

 

本当は、元服の際に授かった武具一式が何かわかれば・・・と思ったのですが、流石にわかりませんでした。

 

然し、後ろの狂獅子図屏風にしても、調度品(と云っては憚られるが)の黒漆に金蒔絵の器の美しいこと。10代藩主煕(ひろむ)の正室は松平定信の娘だものね、輿入れの際に持参した「挟箱」は是非見ていただきたいところ。

 

対外貿易が盛んであったことからも、所蔵されている貴重な資料や美術品の数も多く、それらを間近で鑑賞できるのは贅沢の極みかも知れませんね。バテレン追放に関するものから山鹿流兵法、この海岸線の多い地域を三か月ほどかけて測量した伊能忠敬の遺した測量図や道具等他にも守備範囲の広いこと。一通り見ただけでもあっという間に時間が経ってしまいました。

 

史料館の北側を登る坂が「お部屋の坂」といって、この石段坂には側室方のお屋敷があったそうです。帰りにそちら側へ足を延ばしてみました。

長らく続く階段の坂を登っていくと、急に濃厚な甘い香りに包まれ・・・何だろう・・・ジャスミンのような芳香。

もしかしたら「テイカカズラ」だったのかもしれませんが、まるで奥方の芳しき懐に包まれるような不思議な感じ(このようなことを云っていては不貞ですかな?)を受けました。

美味しいものの紹介は何もありませんが・・・新鮮な海鮮に平戸牛に南蛮菓子にかんぼこも美味いもんが沢山ありますよ。

(了)