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うろんころんしてみる隊

うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

故郷(くに)の大地に 秘められた 生きる自然や 道祖神

旅立つ路の 護りびと 孤独を支え 共におり

 

 

突然ではありますが・・・

「椋尾篁(むくお たかむら)」という方をご存じでしょうか?

 

昭和期のアニメーションにおいて、名だたる作品の美術を担当された方です。

「母をたずねて三千里」や「銀河鉄道999」「セロ弾きのゴーシュ」「幻魔大戦」「カムイの剣」「工事中止命令」等々・・代表作をあげれば書きだしきれないほど。

 

1992年に54歳の若さで世を去られましたが、病をおして最期まで絵筆を動かし続け、アニメ作品の肝心ともなる美術(背景等)を手掛けてこられました。

 

描画の全てが手作業にて行われた時代に、「幻魔大戦」や「銀河鉄道999」等に描かれた心躍る近未来空間から、「セロ弾きのゴーシュ」や「吾輩は猫である」といったどこか懐かしいような牧歌的な風景まで、変幻自在魔法のようにその作品の世界観を引き立てるような背景を造りだす。

その名は知らなくても、マルコが旅をしたアルゼンチンの太陽が反射するような石畳を、銀河鉄道が進んだ漆黒の宇宙空間や惑星プロメシュームの底の見えぬ機械の世界を頭に思い浮かべられる方も多いのではないかと思います。若しくは、「ムクオスタジオ」と聞けばピンとくる方もおられましょうか。

 

椋尾さんは、アニメーションにおける「美術」という分野の草分け的存在でして、ジブリ作品には欠かせない男鹿和雄さんも、椋尾さんの下で薫陶を受けておられます。80~90年代の東映アニメの美術には欠かせない窪田忠雄さんもそうですね。

そんな大御所のような方なのに、素はものすごく控えめで穏やかな方でした。

1938年、長崎県佐世保市の三川内にて生まれた御人は、父親が三川内焼の絵師をされていたそうで、まさに「絵」というものに染まるようにして人生を越してこられたのでしょう。武蔵野美術学校を卒業後、先輩に誘われてアニメーションの仕事を始めます。

経歴はウィキ等もありますので、関わられた作品の数々を知ることが出来ると思います。わたしも椋尾さんの名前は知らねども、一度テレビで見て背景の美しさが印象に残っていて好きだった「セロ弾きのゴーシュ」が、背景全部椋尾さんが描かれたことを知り「あの素晴らしい絵は貴方の筆で描かれていたのか!」と感無量になりました。

 

そもそも、何故に「椋尾篁」さんの事を知ったかというと、以前もお世話になりました三川内陶磁器工業協同組合さんのホームページにて「椋尾篁展の支援のお願い」について紹介されており、そこで椋尾さんの絵を見て「あ~~~!!」となった訳です(いやソレ説明になっていない)

本年4月25日より、佐世保市博物館島瀬美術センターにて「椋尾篁展」が開催される予定なのですが、開催までの費用が足りないようで、クラファンを呼びかけるものでした。

 

これは絶対に見に行きたい(*'▽')クラファン応援します☆

 

お恥ずかしながら、わたしも作品の背景描写に惚れこんでいたのに、椋尾篁さんのことを知らなかったという・・・(ムクオスタジオは知っていたのに・・・)。

また椋尾さんの画集があることを知り、(2004年にアニドウ・フィルムより限定部数にて発行されました)ダメ元で図書館にて検索すると、嬉しいことに所蔵されており、早速借りることができました。

その原画の美しさは、芸術品として語るにも十分すぎるくらい。ページを捲るたびに溜息。

著作権等があると思いますので、写真にてあげることはできませんが、いくつかの画像はネットでも見ることが出来ます。「工事中止命令」は「AKIRA」で有名な大友克洋さんの監督作品ですが、彼の世界観を斬新な色彩を駆使して見事なまでに表現されていました。

 

画集に収められた絵ばかりではなく作品についてのインタビューなんかも載っていて、椋尾さんが訥々として紡ぎ出される言葉の丁寧さと、対照的にも見える作品と向き合う情熱のような・・真摯な眼差しが伝わってきました。

そして目に付いたのが、インタビューの最後に好きな色を尋ねられ、彼は「ブルー」と答えられていました。明るい透明感のあるブルーだと。

 

そういえば・・・長崎県出身の著名人の中には「青」に好感を持っておられたり、故郷である長崎を色で例えると「青」という印象にて表現する方を幾人か見かけました。

 

青い空・・・青い海。そりゃあ曇りや雨の日もしょっちゅうありますが、長崎を思い出す景色の中には必ず・・・陽を浴びて錦のように輝く海が見えてきます。

 

そう考えると、長崎はどこにいても海を感じられる地域だとも言えましょうか。

唯一海に面していない波佐見町であっても川棚川が通っており、車で15分ほど進めば、程なくして眼下に大村湾が開けてきます。

五島、平戸、壱岐、対馬をはじめ、数多の島の海に囲われた地域でも、風車のように形どられた陸の続く町や山々からでも、すぐそこに海の気配を感じ取れる風景が広がっているので、逆にいうと「海のない風景」が浮かばないといっても過言ではありません。

 

海の風を感じ、海に映る太陽の光の反射と共鳴するような空の天色(あまいろ)が長崎の独特な風景を作りだしているのかも知れません。

 

長崎にて見上げる空を思い出して描いてみたのですが・・・なんとなく物足りない。

目に入る色を思い起こし合わせ重ねてみたけれども、自分のへっぽこ絵では・・・

なんかさぶなか(味が薄い)。クリスタは何も悪くないヨ

 

海や山から流れいづる風にそよぎざわめく木々たちのお喋りを、天をつんさぐように響き渡る鳶の甲高い鳴き声を・・・絵と共に表すことの難しさよ。

 

ああ・・人は目で見て耳で聞いて匂いを嗅いで肌で触れて・・・呼吸と共に体に流れ込んでくる空気を・・・すべてすべて取り込んで、そうして得たものを記憶の中にそっと包み込んでおく。

そうして、あの時感じた空の海の大地の、そこに生きたものの気配を思い起こしてみる。

 

変わらない自然・・・それなのに、一瞬として同じ顔をしていない自然の顔を感じ取り、それらを絵のうちに表現できる人。

椋尾さんの手掛けた絵柄に自然と惹かれたのも、彼が生まれ育った長崎の空・・三川内の自然がその根底にあったからであろう・・・と納得できました。

 

そういえば「二三雲」でも有名な山本二三さんも五島出身の方でしたね。

 

山本二三さんが描いたあの空の美しさも、太田大八さんが絵本に描いた大村湾の輝きも、この方達はきっと海の風を運び込む空の天色が離れずして響き合うあの「長崎の天色」を知っていたからではないかとも思います。

 

長崎というと、異国情緒あふれる長崎港のイメージが強いかもしれませんが、どの場所にいても西から流れ込んでくる表情豊かな海原の影響を受けた潮風を運び映すこの「長崎の天色(あまいろ)」は、やはり「青」を映しとる故郷の空の色なのかもしれませんね。

 

「空」ってどこでも一緒じゃないのか?とも思っていましたが、写真なんかでも空や全体の風景をみて「あ・・ここ長崎かな?」と気付くほど、科学的根拠はないけど・・何となく「長崎感」を醸し出している場景に出会います。自分でも「根拠もないのに何言っているんだろ・・」と思うのですが、言葉では説明できない「風の色、空の色、海の色」があるのです。

 

最近、ニューヨークタイムズかなんかで長崎を訪れたほうがいいとか何とか紹介されていましたが、アニメ好きな方々も、「二三雲」や「椋尾空(勝手につけるんじゃない)」の聖地をぜひぜひ覗きに来られませんか?

有名な観光地もいいのだけどもネ・・百聞は一見に如かず、長崎は四方八方いろいろな表情の「空と海が見渡せる風景」が溢れ出でるところです。

 

この美しい自然をうつしだす大地と海と空の持つ青い景色と、人々が築き上げてきたユニークな異国文化と大和文化とが混ざり合う「ナガサキ」の地を知っていただけたらと思います。