弓矢飛び交うその道を 吾身盾にし突き進む
ただ駆けよのひと言に 道は開きて今がある
7月に九州国立博物館にて「蒙古襲来絵詞」の後巻を目のあたりにし、9月に長崎県美術館にて「蒙古襲来絵詞」の前巻をこの目に入れてしまうと、思う処はただ一つ。
この絵の主人公「竹崎季長(たけさきすえなが)」ってどんな人なのだろうか?
「文永の役」・「弘安の役」(元寇)における戦いは歴史でも学んだところだと思います。
肥後竹崎にて生を受けた季長ですが、元々は菊池氏の流れとはいえど領地を持たないいち武士にすぎませんでした。然し、元の侵攻を前に当時、息の浜(福岡市)に陣をとる日本軍の総大将少弐氏のもとに、わずか五騎の手勢にて馳せ参じます。そして鎌倉武士にとっては名誉でもある「一番駆け」を願い出ます。
750年も昔・・・鎌倉時代ならば、まだ国内でもお互いの有力者同士が領土を奪い合っていた時代に、海の向こうから強力な武器を持った集団がクニそのものを攻めて来るなんて・・・そりゃあまさに「国難」であって、そこに「己らの持ち得る武器(これで勝てるという自信はあったのか?)」にて立ち向かうのですから・・・イヤ実際「てつはう」吹っ飛ばす軍団について、どこまで情報を共有できていたのだろう?
戦いにて負傷しながらも、大活躍をしたというのに・・・なんと・・・彼の功績は手続きミスか認められなかったのかなんなのか、御上に報告される事がなかった。
故に、恩賞ももらえず仕舞い。すえながぁ~
ちょっ・・・わたし頑張ったんですよ?一番駆けまでやったんですよ?ヒ・・ヒドイ(涙)
然しここで季長の行動力がまたもや発揮される。己の功績を認めてもらうために、馬を売って資金を調達し、自ら鎌倉まで赴いたのであります。そして恩賞奉行に直談判!認められなかったらどうする気だったんだろう・・。
最近、鎌倉武士のバーサーカーっぷりを紹介している話を見かけますが、常に「闘い」の時代ですから、彼等も常に「一生懸命」なのでしょうね。
今の正論は、過去の成功や失敗を重ねながら試行錯誤のうえにできている。そこには沢山の人々の生死の有様が尊敬と禍根の入り交ざる中で長流のように混ざり流れ変化しているのだから。
彼の情熱のお陰、幕府より下文を受け、恩賞として、肥後国海東郷(現在の熊本県宇城市の小川町一帯)の地頭となることができました。名馬モ一緒ニ貰エテヨカッタネ・・・
そして、この戦いを絵巻(蒙古襲来絵詞)にして甲佐神社(阿蘇四社の一つで肥後南方の守護神とされていました)に奉納しました。
図らずしも、彼が依頼して描かせたこの絵巻は国宝として大切に保管され、歴史の史料として大抵の人が知っている(蒙古と闘っているすえながと馬の図は絶対記憶にあるはず)有名なものとなりました。彼はその後出家し、この海東の地にて生涯を終えたようです(死没は不明)。
その地に彼の墓が存在している・・・宇城市ならば休日にでも日帰りで行ける距離だな。
そこで、文明の利器「ぐーぐるまっぷ」を早速活用。九州道:松橋(まつばせ)ICからR218を東にのぼって、県道32号を南下すれば・・・行ける!!
そして、いつもの思いつき「当日決行」にて倅一号と三号を連れて行って参りました。
行きは時間がないので、高速一本!熊本市内を抜け松橋ICにて下車。県道32号線を南下すると、ご丁寧にも道脇に「竹崎季長公の墓」の案内板を発見!
そこから左折し道なりに・・・。柿の実がたくさん実る道沿いを通り(一度目は入り口を見落とし)、手前の「平原公園」に繋がる少々狭い道を通り、駐車場に停めさせてもらいました。
フフフ・・・流石にここまではインバウンド衆も来ぬまい・・・
ふわりと鼻につく金木犀の甘い匂いと、山あい独特の草草の熟した薫りが織り交ざり、なんだかとても懐かしい心持になりました。
一見すると小さな部落にある山あいの広場のようですが、草払いがされて綺麗に整備されていました。公園の丘を登ったところに、東郷平八郎の揮毫にて記念碑が建立されています。
記念碑には「弓箭(きゅうせん:弓矢のこと)のみちすすむをもてしやうとす」と書されていました。
公園の脇に季長にちなんだ「海棠」の木が植えてありました。春には桜に似た愛らしい花が咲くので、その頃には美しい花たちがこの土地を華やかに彩るのでしょう。
子どもの頃に遊んでいた広っぱらを思い出し、懐かしい気持ちで記念碑のある高台から見える風景をパシャリと一枚。
三号は草むらのバッタとりに夢中。まだ柔らかい羽根のトノサマバッタを捕まえてあげました。(人の手は地獄でしょうからすぐに草むらにかえしましたが・・・無事成長して呉れ給え)
公園の奥手には彼の墓地があります。
とても古いお墓でしょうが、周囲はきれいに掃除をしてありました。五輪塔の形をしたものが彼の墓石になります。榊か樒か・・・が供えてあり、参拝に見えられる方のために蝋燭や線香が用意されていました。
「弓箭の道進むをもつてしようとす。ただ駆けよ」
と叫びながら先駆けを以って敵中に突入していった彼の勇気が実り、今の日本を築きあげているのですから。歴史はやはり人の心と行動とそれらを取り巻く環境の力によって、一層一層と重みを積み重ねていくのでしょう。
勇気を以って行動した彼の生涯に労わりと感謝の念を伝えながら・・・この静かでいて南方は平家落人をかくまった山々に囲まれ、西は天草の海を眺める・・・ちょうど九州のおへそになるこの場所に、今でも地域の方々に大切にされながらこの地を眺める彼の存在感を思わずにはおれませんでした。
帰りがけには「熊本市動植物園」に寄り、ちゃんとアフリカゾウも見て参りました。
わたしのブログのトピックには「墓参り」が多いような気がしますね。
他の方の墓ばかり行かずに、己の家の墓掃除はどうしたんだ?夏に寄ったきり・・。
今年は台風が来なかったとはいえど、秋の雨風できっと葉っぱだらけになっておりましょうか(この次の日には、きちんと我が家の墓掃除に行きましたよ)。


