無くなりて はじめて知るは 親の恩と 性ホルモン
二十代の頃、親の後姿をまじまじと眺めながら、「年取ったなぁ」と思う事があった。
子どもの頃、見上げるようにしていた「お父さん」や「お母さん」はまだ若々しく溌剌としていて、あれやこれやとあっと人生を謳歌している姿がとても印象的だった。
家事も仕事も近所づきあいもぬかりなく。
情熱とプライドで突き進んできたであろうその時代を過ぎ、親を看取って・・五十を迎える頃には白髪も増えて、少しばかり背が前かがみになりつつあった。
「あんたも年取ればすぐわかると。(わたしが)25の齢の子だから、今のお母さんの齢になった時に、言いよることがわかる」
「はいはい」
当時、自分も25歳。フレッシュさんの頃のような体の張りはなくなったなぁ・・と思いながらも、今にして思えばまぁ~~~~だ肌の張りもあり、髪もつやつやでシミも皺も見当たらず、デコルテとてつるりとして胸鎖乳突筋がくっきりと浮き上がり、顔の輪郭にも何ら崩れがなかった。余計なことまで言えば、身体も柔軟性があり、そのラインも滑らかだった。
まあ、連ちゃん連ちゃんでは無理でも、徹夜して仕事をすることもできていた。
「はいはい」
そうして人生半世紀を生きた時に、母がぼやいていた事の本当の意味を知った。
母達が「クの坂」と言っていたように、下に九がつく年は何かと厄がつきやすい。
果たして、39の齢に帯状疱疹に罹患した。
前年には緑内障を発症している。これは回復したが、クリアな世界はぼやけていく♪
40歳になった時に医師から「中年という年代層ですから」と言われて「チ・・チュウネン」とその言葉に驚いたが、成る程、様々な生活習慣病や身体の老化に関わる数値がガクンと落ちたり(エイジング)逆に、疾病リスクがグワッと上がったり。グラフは正直に示している。
も~若うないもんねぇ・・・・。
白髪・・・ありゃあ増えてきた・・・。皺って線の溝がのこるのね・・・。
老眼・・・定規のメモリが読めん・・・多読ができない・・・疲レル・・・。
そして、一年一年と体力気力が落ちていく。
ガッカリしたのは、何もないところで転んだこと(゚Д゚;)。顔を赤くして誰も見ていないことを願い周りをキョロキョロする中年がそこに。。。
大掃除をしていて、一階の腰高窓から下に雑巾を落としてしまった。10年ぐらい前なら、窓から飛び降りて雑巾を取ろうと思えたのに、落ちて骨折したら・・・・という思いが先に立ち、飛び降りる事ができなかった。体が柔軟に対応できる自信が全くなかった・・・。
45歳を過ぎだすと、滑り台かと思うほどの下り坂(*'ω'*)。
こめかみに白髪が増量し、諦めて白髪染めを始め出す。
体力も気力も記憶力も落ちていく~落ちていく~あらぁ・・・。
あれ・・・何だったかな?・・・・残像は思い出せても名称ががすぐに出てこない。
あの人・・・どこかで会ったことがある・・・たぶん。名前が思い出せない。
頭の中ではそれらを一応思い浮かべられても、アウトプットが叶わない。
免許更新三十年、自動車免許の更新の度に写真を見て驚愕する。
五年に一度の変化が・・・・三十代前半の頃はまだ十分に若かった。白髪ともほうれい線とも無縁の・・・真顔でも口角がちゃんと上がっていた写真。三十代後半、四十代前半、四十代後半と年代が上がるにつれて「あ~ばあちゃんに似てきたなぁ」と顔写真にむかって呟きはじめる。
更年期とともに、落ちる体力落ちる気力。
そして、49の齢に二度目の帯状疱疹に罹患する。
同じ場所でまたアイツラが悪さをしよった!!そして、心のバランスまで壊れよった。
も~~~~~無理はせん!
だって・・・もう五十よ!!人生半世紀よ!!
五十にして天命を知るとよ?信長じゃなかばってん、幸若舞の敦盛で「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」て言うてたでしょうが・・・。
我がDNAに色濃ゆく残っている曾祖父母たち本人も、今の年までは生きておられん。
人が死ぬ時は突然やってくる。今まで何度か死にかけたのに、この齢まで十分に生きてこられただけでもあり難し。
今まで生きて来た分を同じ分だけ生きることはほぼ叶わない。
否、せいぜい残りがあと二、三十年といったところだな。
さて・・・五十ニシテ閉経ス。
実質23年程のお付き合いだったとはいえ、更年期が始まってからの出血は酷かった。
ま・・・二号の出産大出血事件から比べれば大したことではなかろうが、「貧血~♪金欠~♪」とオカシナ頭で自分の身体の終いまでと付き合った。
然し、若いお嬢さん方が「月経の大変さや面倒さ」とかを言うけれども・・・・。
エストロゲンをきちんと出してくれていることには感謝しないといけないと思う。そして、「女性ホルモン」によって保たれてきた「若さと気力」という無償の愛を知るべきだと思う。
無くなりてはじめて知る、その偉大な効力を。
まず、皮膚が柔らかくなる(つまり肌の張りを失う)。
頭の先からつま先まで、肌のプルンッ♡がたぷんっ♥となる。
故に、顔の張りは正直に、重力に従って下がっていく。そして、骨密度の低下により、顎の骨もシュッとなる。前向きに言えば、「小顔になる」。
後ろ向きに言えば、皮膚がその分余って下がr・・ウニャニャ・して口角も下がる。
だまっていれば、全てが下がる。検査の悪玉数値以外は上がるものがない、だまっていれば。
はは~ん成る程、意地悪ばあさんがムッとした顔で表現されるが、あれは悪意がなくても口角が下がってムッとしているような顔立ちになるのである。
やあねぇ・・・目つきも自然と目元が下がっていって、くきり二重になっている。
個人的には、若い頃のしゅっとした切れ長の涼し気な目がよかったのに・・・おかし・・祖母の顔そのまんまになってきた(笑)。DNAってこうやって受け継がれていくのね・・・。
あ・・・でも、出来るだけ意識して口角はあげておかねば。皮膚の窪みえくぼが出来るのもご愛敬じゃろう・・・。
外面はしょ~んなか。
それ以上にイヤなのが、記憶力を維持できているという自信がなくなってきたこと。
一応、家族カレンダーに予定を書くようにはしている。買い物リストも、紙に書くようにしている。メモ魔程ではないが、書いておかないと忘れちゃうんだもん。
そしてそれを忘れる。
ちょっと・・・何の為に書いているのか?
書類の提出や絶対的に重要な用事はまだ(?)大丈夫だけれども、ちょっとした用事は朝一度カレンダーに目を通しているはずなのに、他のことをしている間にきれいさっぱりデリートされている。「いったい・・・何をやっているのだ?」が一度ならず何度か重なってくると、このポンコツ頭を忌々しく思ってくる。
買い忘れなんてね・・・今更。あ~暖房機を片づけるはずだったのに・・もう秋。夏の明るい光に照らされて落ちていることに気付く埃たち(見えてなかったのか・・・)。
あ!忘れとった!!が増えてくるのに、何十年ぶりに聴いたCMソングを抑揚をつけて歌えるのは何故?四半世紀以上前のことよりも、先ずは今日のことを覚えていたまえよ
そして、起床した地点ですでに身体が痛い・・・(それはヘルニアのせい?)。
なんか・・・潤滑油が枯渇するようなギシギシ感。「あたたた・・」が口癖に。
これまでは自己回復できたようなものが、最低ラインを保つためにも努力をしないと体を維持できない。
最低限を保つための努力が必要となってくるのが・・・辛い。今までは少なくともエストロゲンや黄体ホルモンがその辺を黙って支えていてくれたというのにぃ・・・・。
肝斑とか髪が猫毛のように柔らかくなったとか、表面的なことよりも、骨粗しょう症や動脈硬化といった部分のほうが恐ろしい。表皮以上に体の中が枯渇することを忘れてはなりませぬ。
長生きはしなくてもいいけれど、取りあえずは自分の手足を自分の意思で動かせる人生を送りたいな~。人生百年というけれど・・・わたしはそこまで長生きできる自信はないので、無理せず気負わず・・・子等がしっかりと成長し、まあ良かろうと思う頃に静かに枯れていきたいと思っている。けれども・・・そこは人生どうなるかはわかりませんな。
そう考えると、人を看取る経験は、人生において大切な事であろうと思う。
若々しく働くひととて、年月とともに老いて体を弱くしていく。
何を見て、何を考えて、何を発するか?
潤う瞳の美しさと、最期に深く息を吸い、静かに息が抜けていき、一生のすべての業を背中から降ろす瞬間を。
生きている間ひたすらに動いてきた顔の膨らみが、血液の流れを止めることによって、血色の全てを失う瞬間を。
美しく気高い人の姿に、老いがどうしたこうしたなんぞどうでもいい事のように思える。
人の生死を歩んでいくその一瞬とて、すべてが美しく見えるのだもの。
老いてもいいじゃないの。若くなくったっていいじゃないの。
幼子も若者も老いた人も、懸命に真摯に生きる瞬間の全ては美しいのだもの。