五七五と並べてみてもやや寒し(イベント企画にのってみた Prt29) | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

俳句を作ったことはある?   言の葉の 伝えることの 難しさ 季語はなくとも言霊いきる

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短歌・俳諧・俳句だ何だと、言葉遊びは難しい。
それでも、日本語を知る人は、漢字に平仮名カタカナ使い、雅語だなんだと言葉で遊ぶ。
たった一つの現象を、たくさんの言いまわしを使って、その温度に一番近い言葉を選んで並べていく。
レトリックに酔いしれるのか?たどたどしさに心惹かれるのか?
 
五・七・五 に 季語を添える。
 
正岡子規が「発句とは文学なり」と俳諧から俳句を生み出した。
難しい事はわからない。素人は季語なんて覚えきれない。むか~し国語便覧に載っていたのをチラリと見たけれども難しいことはわからない。
それでもわたしは、芭蕉が詠んだ「古池や蛙飛び込む水の音」が好きだ。短い言葉にわたしなりの記憶が情景を生み出して、古池の匂いや水の響き渡る音とその周りに拡がる波紋が浮かんでくる。言葉はきっと、自分が五感で体験したモノの記憶を鮮やかな質感にて引き出してくれるスイッチのようなもの。
 
五と七の言葉の並びの心地よさは、日本語の飛び交う世界で生きて来た人達が感じる独特の感性のようなもの。
昔の歌が歌いやすいのも、この「五・七」の並びで言葉を読めるから。
七五調で有名なのは、「もしもしかめよ・かめさんよ」で有名な「うさぎとかめ」
五七調で有名なのは、「きみがよは・ちよにやちよに」はい正解、「君が代」。
「うみゆかば・みづくかばね」の「海ゆかば」も五七調。
 
和歌やいろは歌や昔の「うた」は五七・七五で作られる。
それらの言葉に触れていると、それぞれに、柔らかさと力強さと両方を、優劣なくして差別もつけず、全てを呑みこむように美しく美しく何ら違和なく纏めてしまう、その技巧に恐れ入る。
 
これは非常に「日本的」だと思うし、四季や自然や人の営みを様々な言いようで、言葉を紡いで美しい織物のように仕立ててしまう。
 
その「言の葉」の中に、自然を見ていたり、人の心を見ていたり。
もしも言葉に魂があるのならば、魂の中の小宇宙が、全ての宇宙と同じようにして無限にどこまでも広がっていく。たったひとつの事象だとしても。
 
それらを組み合わせて作るひとつが「俳句」なのだろう。
俳句はちょっと難しそうなので、わたしは単純に、心惹かれる事象にのせて言葉を紡ぎ出して遊んでみる。順番は無視して、五と七の言葉並びで表してみる。
 
日本語は奥深いので、言葉のバリエーションがたくさん現われる。漢字にしたり、平仮名にしたり、時にカタカナで遊んでみたり。
これが中々面白い。ひとつとて同じものがない世界を表すのに、色々な日本語を駆使してみる。
 
俳句とはな~~~~~~~んにも関係のない内容になってしまったが、8月19日(はいく)の日なのね(*´▽`*)
 
ひぐらしの 零れる泪 絶える聲
 
ああ・・・八月の情熱もわずかになりて失せにけり。