雨もまた楽し傘させば(イベント企画にのってみたPrt 24) | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

雨の日の過ごし方を教えて!   かえ~る・みえ~る・ふえ~る・ほえ~る・ゲコゲコ

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九州は早々と梅雨入り宣言があった模様。
ま・・・そのあとは晴れているけれどもね☆それでも6月は雨の月。自分の誕生日の思い出も雨の中を学校までずぶ濡れになって通ったこと。どんなに注意しても靴下が濡れてしまう・・・上履きを履けぬままに歩くので、廊下につくのはつま先だった自分の足跡。
 
靴下の替えぐらい持って行けばいいんだろうけれど・・・濡れて登校、濡れて下校。
 
それでも、雨だからこそ楽しめたこともたくさんあって、滝のような雨が降っても、雨どいから溢れた水がドバドバと落ちてくる下に立って傘をさして雨を受けたり、水溜まりになっているところに傘をひっくり返して水をすくったり(内側に砂やらついて汚くなる)、狭い用水路から流れてくる水の中に長靴ごと入って足先でバシャバシャと蹴っ飛ばしたり。
 
一歩間違うと命に関わるような危険があったわけだが、雨が傘にかかってボトボトと振動が響いてくるのを喜んだり(トトロかいな?)、傾斜のついた道路を波紋のようにして流れてくる水に逆らって足をこすって進めたりと、些細な非日常を楽しみながら下校したものである。
 
冷たい雨を落としてくる灰色の空を眺めたり、田んぼの脇から流れる水が泥色に濁っているのを「コーヒー牛乳だ」と喜んだり、濡れた紫陽花やおしろい花の植栽に触れて服までぬらしてしまったり・・・・こうして思い出すと、あの頃はこんな些細な事でもなんと楽しかった事だろうかと懐かしく感じられる。
 
若い時は、濡れたシャツが肌に張り付いて髪から水がしたたり落ちても様になった。
首を横に振って、どこか格好つけたように髪をかき上げて・・・雨も滴る・・ぶふぁっ・・ゲホゲホゲホ。
 
今そんなことをしていたら、間違いなく風邪を引いて下手すりゃ肺炎でイチコロである。
 
海棠の雨に濡れにけり・・やら、雨も滴る・・・やら、あれは様になる「年代」というものがあるもので、中年は大人しく、身体を壊さぬ様に(医療費がかからぬ様に)傘を差し、車に轢かれぬ様に周りを注意しながら傘を差さなければならない。雨は視界が悪くなる。足元が悪くなるのでヨロつかないように、注意には注意を重ねて歩く必要がある。
 
それでも、雨の中傘を差して歩いていると、色々な「オノマトペ」が浮かんでくる。
パラパラ、バラバラ、サアサア、ザアザア、バラッバラッ、ザザザザザザ、ドオドオ、風が吹けば音が変わり、雨足が強まればベートーベンの第九のうねりのようである。
街中を歩けば、車が過ぎる度にバシャバシャと水が跳ねる。橋の上から見る大きな川には濁った水がうねりのようにしてドウドウと音をたてて流れている。水を張った田んぼにはたくさんの波紋がたち、あちらこちらからカエルの声がゲコゲコと聞こえてくる。
 
足も濡れ、手も濡れて、「水も滴る・・・」からは随分とかけ離れてしまったけれど、傘に落ちてくる雨音をBGMにして、少しばかり口角の上がった中年が愉快に歩いていられるのは、雨の中だからこそ楽しめるこんな世界があるからなのである。
 
 
童謡で有名な「あめふり」を書いた北原白秋も、こんな雨の日に聞こえてくる「オノマトペ」をうまく使ってお話のような歌を作っている。
流石にオンチは黙って歩くが、なるほどピチピチチャプチャプランランランである。
 
ジメジメするが、雨降る日常も愉快なものである・・・ほどほどならば・・・。
これがまた・・・毎年のようにしてやってくる「線状降水帯」が情け容赦なく雨を降らせる。6月は空梅雨ね~なんて言っていたら、大体7月に親の仇か?と思うほど、恐ろしいまでの雨を叩きつけてくる。
今年もまた容赦なく降りつけてくるのだろうか?・・・イヤダナ・・各地被害にあわれなければいいのだけれども・・・・何事もほどほどに・・・ですよ?いいですかな?
 
 
ほどほどに・・・といえば、家にはカエルのぬいぐるみがたくさんいる。数えてみたら10匹はいた!!( ゚Д゚)まだ増やそうとしていたので、ほどほどに・・・と断った。
かわいいんだけれどもネ・・・・(この子は何号だったか・・・)
雨でも晴れでも、どんな時でもニッコリさん。この笑顔に癒される。