よいこにはなれなくても(イベント企画にのってみたPrt 20) | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

最近、褒められてる?

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「よいこにしてるから!置いていかんで」
 
よいこ・・・という言葉を聞くと、ふとあの時の場景を思い出す。
台所から玄関まで続く扉のまえ。廊下の先にいる母に向かって泣きながら言ったセリフ。何も母が自分を置いて出ていくわけではない。いつもは素直に「行ってらっしゃい」と見送るはずである。
 
母も困ったことだろう。
それでも仕事に行かないといけない。夜勤のシフトでもあるし、「子どもがそばにいてというから休みます」なんて話にもならない。
安寿と厨子王じゃあるまいし、母子の別れを涙で濡らすような感傷に浸っている場合ではない。
 
自分でも何でそのように言い張ったのか全く覚えがないのだが、子ども心に寂しさが募ったのであろう。
地団駄踏んで同じような事を繰り返し叫んでいた・・・その感覚だけは確かに覚えがある。自分の言い分が母を困らせているという事もわかっている。それでも自分で止められない。
 
「よかよか行かんね」と制止する大人の声が頭の上から聞こえてくる。
 
その先のことはまったく覚えていない。幼子の事だから不貞腐れていじけていたのであろう。用意されたご飯を食べて、歯磨きをして風呂に入って布団に潜り込み・・・そのうちに寝たぐらいか。今に始まったことではない・・・これまで幾度となく繰り返されて来たことだから。
 
額面通りに捉えれば、母が居ても居なくても「よいこ」だったかと言われると・・・まあね。
 
 
今でもなんだかよくわらないこの言葉に、「よいことは何ぞや?」と考えてしまう。
う~む・・・ミロか?・・それは強い子だった・・・。
よいこ、わるいこ、ふつうのこ・・・そりゃ、山口良一さんじゃないか。
 
・・・・・・・・よいことは・・・何ぞや?
 
大人の言い付けを守り、穏やかに和を為して、子どもらしく活力に満ちている。
よく学び、よく遊び、よく眠る。
 
あははは、こりゃ無理じゃ!よいこになんてなれっこない。
 
それでも・・・よいこにはなれなくっても、何とか生きていくことはできる。褒められることがなくっても、小さな力を発揮することができる。
 
よいこにはなれなくっても、ちゃんとこうして生きているよ。
 
母が言葉を発しなくなった頃、わたしを見ながら初めて・・・優しく頭を撫でてくれた。
「よいこよいこ」としてくれた。
父曰く、誰にでもするそうだが・・・おこぼれのような「よいこよいこ」であったとしても、わたしには十分に嬉しかった。
もう・・・その手は撫でるようには動かねども・・・優しく撫でてくれた手の重みは忘れない。
 
よいこにはなれなくっても、わたしはこうして生きているよ。