でんでらりゅうばでてくるばってん
でんでられんけんでてこんけん
こんこられんけんこられられんけん
こーんこん
「でんでらりゅう」という長崎言葉のわらべ歌ですね。教育番組やCM等で取り上げられたことがあるので、聞いたことがある方もおられるかと思います。
でんでらりゅうだの何だのと言葉の印象から龍踊りで有名な長崎くんちをイメージしそうですが、何の関係もありません(*'▽')
うたの起源も不明な点が多く、丸山遊女の歌だともいわれてみたりします(真偽不明)。
いわゆるヨナ抜き音階(ドレミソラ音のみ)で構成された明快なメロディーと、繰り返し韻を踏んだ歌詞が耳に残りやすい・・・でも・・どんな意味?言葉の端々から九州弁っぽい単語がコロコロと出てきますが・・・。
色々な言葉の解釈があるかと思いますが、方言をもとにして解釈してみました。
飾り言葉(テンポ合わせ)を外して歌詞を見ますと以下の通り。
でらりゅうば(出てこれるのが叶うならば)
でてくるばってん(出てくるのですが)
でられんけん(出てくることが叶わないので)
でてこんけん(出てこられないので)
こられんけん(来られない⦅行けない⦆ので)
こられられんけん(来られない⦅行くことが叶わない⦆ので)
こんこん(来ない⦅行かない⦆です・来ないです)
紛らわしいのが、こられんけんとこられられんけん。
この場合の「来る」は九州特有「行く」の方言であり、「来られん」は「行けない」となります。因みに、「行かない」は「来ん」たまに「行かん」。つまり「来ぬ(ん)」「行かぬ(ん)」というように肥筑弁によくある古語の名残りで、「来られぬ(ん)」ということです。
「来られん(行けない)けん(が)来られられん(行くことができない⦅来られ+られぬ⦆)けん」・・でこの「けん」は「~だから」を意味しますので、「行くことができないので行けないのであります」となりますしょうか。
さらには「何?そのりゅうばって?」気になるだろうと思います。文字だけでは「龍ば」とイメージしそうですが、これも肥筑弁特有の活用形。
「しゅうば」「みゅうば」「きゅうば」一緒に「大葉(おおば)」を並べたら、もはや漬物のよう。答え合わせは「しようならば」「見ようならば」「来ようならば」(*´ω`)ナンノコトヤラ
つまり、「でらりゅうば」は「出られようならば」→「出て行かれようならば」ヤハリナンノコトヤラ
龍とはなんの関係もなし。「じゃおどり」のイメージが独り歩きしている。
しかし、この「みゅう」だの「りゅう」だのは、余程お年寄りネイティブに耳で教育されていない限り、最近の若い人にはあまり使われていないのかもしれませんが。
そんな「ばってん」とか言わんさ・・・ばってんが方言なひょろ~ってひっとづっとたい。
・・・・・(;゚Д゚)ほんなこつ・・・ひょろっておいづるとたいな
それではどんな時に使うんだろう?「でんでらりゅう~ば」
例題「こいのすめばでらりゅうばってん、いっちょんさばけんとたい」
翻訳「これが済んだら出て行けるのだけれども、ちっとも進まず片付かないのです」
じゃあ「こられんけんこられられんけん」とはこれ如何に?
例題「ごめ~ん、熱ん出て来られんごとなってからさ、そっちさん来られられんけん自分とはなおしとってよかよ」
翻訳「ごめんね、熱が出て行けなくなって、そっちには行けそうにないから自分の分は片づけておいていいよ」
こんな時には活舌よろしく「こられられんけん」が出てくるんですよ。
しかし肥筑弁と区切っていますが、藩の交流が大きかった肥(熊本佐賀長崎)筑(福岡)も、共通語とそれぞれ違う言葉もあるので(私も熊本博多佐賀長崎と言葉が混ざっているので)純長崎弁での解説にはなっていないかも知れません。
長崎弁はわりとゆっくりなテンポで語尾が伸びやすいので「うちん猫はおおどかもんね~(うちの猫は荒くれ者ですものね)」と悪口でもあまり辛辣に聞こえないという、全体的におおらかさを感じます。
「でんでらりゅう」もこのような方言の言葉尻をうまく掴んでわらべ歌にしているところが、馴染みやすくまた何とも面白みのある言葉ならべのようにも感じ取れるのでしょうね。
そんな長崎の二月の空を彩るのがこちら第三弾長崎の春節の空
「長崎ランタンフェスティバル」
旧正月の「春節祭」にちなんで行われる、長崎でもすっかりおなじみのイベント。
赤や黄、緋色と色鮮やかなランタン(中国提灯)が長崎新地を中心に色鮮やかに灯ります。皇帝パレードや媽祖行列といった長崎の中華街らしい格調高い行事もあり、異国文化の風を感じる事ができます。
ところで、長崎華僑のルーツは江戸時代まで遡ります。鎖国政策によって、唐船と阿蘭陀船以外の入国を禁じられたことは歴史にて学んだかと思います。
当時の日本は禁教体制(NO耶蘇教)をとっていましたので、中国から来られた方達はキリシタンじゃありませんよということを知らしめるために、出身地ごとに「媽祖」を祀る寺院を建立してお互いの出身者同士の相互扶助組織「幇」を作りました。
今も残る「三山公幇(さんさんこんぱん)」は基となる福建幇から数えると四百年程の長い歴史があるそうです。その長崎華僑の方々が行う祭事のひとつが旧正月を祝ういわゆる「春節祭」となります。中華街から少し離れた館内町には唐人屋敷の一部が今も残っています。
今ではすっかり長崎の祭りごととして定着した「長崎ランタンフェスティバル」ですが、元々は新地中華街振興組合さんが企画された「灯籠祭」が始まりでありました。
祭りのメイン会場となる「湊公園」には、この時期に合わせて色鮮やかなランタン達が飾られます。目を引くのは、干支に合わせて趣向をこらしたメインオブジェ
今年は午年。
前回訪れたのは倅一号が生まれるちょっと前だったので19年ぶり。その年は目出度き「金のブタ年(いのしし年)」だったそうで、この年生まれの人は金運に恵まれるらしい(笑)。
紅白の駿馬と登龍の見事なオブジェが天の闇夜を散らすように鮮やかに光り輝いていました。
因みに今年の春節は2月17日でした。
春節の前夜には習慣として特別な料理を作って食べるそうです。地域によってそれぞれ食材の特徴があるのですが(日本のおせちや御雑煮みたいですね)やはりお餅と似たような食材(年糕)もあるそうで、除夜に神やご先祖に祀られ春節に皆がいただくという作法をきくと、一年無事に過ごす感謝の念を神仏やご先祖達へと捧げる想いはみな同じなのだなと感じました。
中華街の通り一帯には美味しそうな屋台もたくさんあって、においだけでもオイシイ(*´ω`)
晩御飯を食べてから向かったので今回は眺めるだけ。行列に並んでまで買う勇気がないヘタレでした。
長崎の街はまさに「ちゃんぽん」のようで、山に囲まれたその土地に寺院も神社も教会も孔子廟も一緒くたに存在する面白さがあります。
思想信仰の異なる人々が最初から調子よく暮らしていたわけではなく、ルーツが異なる人々がそれぞれに思い協同することを重ねあげてきたからこその今があるのでしょう。
世相の嵐に痛めつけられようとも、これらを「文化」として根付かせ、多くの人々の心に残るような交流を重ねてきた人達の手数を思うと、たとえばこれら一つ一つのランタンが灯り集まって桃源の如き幻想的な風景を作り上げているように、ここで生きるひとりひとりの方達の生き様が集まり美しい文化を築き上げてきたのでしょうから。
和して収まる
長崎のこの異国情緒豊かな風景は、何百年もの時間をかけて築かれて来た人々の文化交流の賜物でもあります。形式は変わろうとも、この祭りにて大切にされてきた「ご先祖様や衆神への感謝のいのり」をわたしたちも同じく尊重していけたらと思います。
そういえば、ゼンリンさんが売り出した「手持ちランタン」はイベント開始一週間で一万個が完売したらしいですよ。持って参加されている方もおられましたがとても可愛かったです。
来年もまた、たくさんの人たちの笑顔が集まりますように。


