モノを通じてつながる絆(九博流:平戸モノ語り④) | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

心こそ大切なれ

 

 

今こうして誰かと顔を合わせ言葉を交わすことが出来れば・・・この瞬間、自分の思いを伝える事ができるのかもしれない。それは生きて話す事ができるからこそ。

それでも、自分が斯くも生きて為すことができる時間は有限である。皆等しくいつかは死を迎えるし、その時に・・・その先に・・・この思いをのせて伝えていくためにはどうすればいい?

 

未来に生きる人たちが悩み考える時「貴方ならばどのようにお考えなさいましたでしょう?」

 

松浦家の御先祖もまた、その時代その時代の荒波を越えて平戸の地を護ってきました。

他国からの侵略に弓矢を引いた時代、身内同士での覇権争い、戦国時代の争い・・・皆が多くの血を流していった時代。

先祖が遺してきたモノ達の多くは、「家」をあらわすものでもあり、武勇に対し君主から褒美を受けたものでもあり、自分達がこうして命を繋いできた証のものでもありました。

 

江戸も後期となると、戦を伴う統治の時代は遥か昔の物語となります。しかし、自分達の生きる時代とは全く無関係のものではありません。そのような時代にご先祖達がどのようにして乗り越えて来たのか?その証ともなるのが、藩主代々に引き継いできた家宝でもあり所縁ある品々でもありましょうか。

そして、それらを精密に記録したものが「家世修古図(かせいしゅうこず)」

 

今回、「平戸モノ語り展」では、この「家世修古図」の全点が公開されています。そして、それらに描かれている松浦家が持つ家宝も併せて展示してあるという・・・・。

 

ふわぁ!豪華(*´▽`*)ステキ

 

後醍醐天皇が召していた袴の裂(きれ)とか、松浦義が足利義教より下賜された半被とか、現物を写真におさめたように忠実に・・・糸の一本も描き洩らさんぞと言わんがばかリに描かれていました。

これは同じく、義が足利義教から拝領したという「素懸紅糸威腹当」「膝鎧」

壁に掲げられているのが、「家世修古図」に描かれていた絵(のパネル)と手前が現物。

 

隆信、鎮信時代のお宝も・・・もちろん宗麟から鎮信へと贈られた腹巻(松浦史料博物館に飾ってあったモノ)だけでなく、親子ゆかりの弓や隆信が使ったという団扇、迫力満点な「鯖尾馬印(戦陣で大将の傍に立てる目印のようなもの)」、また朝鮮出兵時に鎮信が戦利品とした喇叭や陣太鼓等、よくぞこれ程まで綺麗に保管されていたものだ!と驚きました。

ひとつひとつにきちんとその図も併せて展示されているのですから、「家世修古図」とその家宝(個人所有のものもあり)両方を同時に見ることができたのは大きな収穫であったと思います。

 

惜しむらくは、腹さえ減っていなければもう少し一つ一つをじっくりと見ていたかったという事でした。スミマセン個人的な事を・・倅三号も一緒に連れてまわっていたので・・・

 

もうひとつ・・低俗な話ですが、展示物の前のガラスがピッカピカすぎてあれやらこれやら反射して映りこんでしまい・・・ちょっと見苦しい物体が・・・と一枚の侭載せずに切り取りを。

松浦家に伝わる旗は、隆信時代のもの。室町~安土桃山時代の作となります。

家紋のひとつであるこの三ツ星は、太陽・月・星の三つの光を表しています。同じく家紋である梶葉がついた「三星二引両梶葉紋旗」もじっくりと観賞いただきたいところです。

 

何百年もの時を経ても、そのモノ達はまるでご先祖達が今の自分に語りかけて来るかのように静かに存在してくれているという事実。

直には聞こえずとも、モノを通して大切な人との交流を心の中で交わすことが出来る。モノを遺していくことの意義を改めて必要なのだと思ったことが、今回の展示で得たことでした。

 

 

それでも「モノ」について、何故それがあるのか?どのような意図で保管されているのか?それらがどのような意味を持つのか?このような様々な視点が正しく伝わる事で、その価値(金銭的な価値ではなく意味を成すという価値)が見えてくるものがあります。

これらが正しく伝わらないと・・・・正にガラクタとなってしまい、挙句の果てには捨てられるなどして消滅の一途をたどってしまいます。

 

誰かがその意図を理解し伝えていかないと、それらが無かったものとなってしまう。

「過去ばかりを見てそれを穿り返すのはナンセンスだ」という考えもありましょう。それでも、歴史は常に長流に乗って流れているものでもあります。前を見てまだ見ぬ先へと進んでいくと同時に、その後ろには蜿蜒と過去という時が山の嶺のように連なっている。

暁闇の海へと向かい進んでいく時に、静かなる道先案内として、共に励まし進んでいく己の心の中にいてくれる相棒のようなものでしょう。

 

静山と煕親子が遺したこれらの財産は、時が経ち令和の時代となっても変わらぬ「宝」として受け継がれております。そしてこれからも・・・・平戸の宝として受け継がれていってほしいと切に願っております。

 

長々とした呟きとなってしまいましたが、これらはあくまでわたくしの見て感じた感想の一部分であります。いえいえ・・・難しい話は抜きにして、「キャラの濃い」このお二人を、九博さん流の解説にツボりながら是非とも観賞してほしいと思いますヨ。

 

それと、これらの膨大な展示物の手引書のようになったのが、特別展にて販売されていた冊子でした。写真だけでなく、それらの解説や背景などを分かりやすく説明してありました。勿論、真面目な解説です。因みに値段は1985円だった・・・(´▽`*)宣伝とかではアリマセンヨ

 

特別展示では「豊臣秀吉とアジアの外交」として、外交文書が展示されておりました。明国から送って来た「明神宗誥命」の一部等もあって・・・(イエ・・・腹さえ減っていなければもっとじっくりと・・・ゴメン)

3月15日までは開催されているので(秀吉のは8日まで)、機会があったらもう一回見に来ようかな・・ヘヘ。

 

(了)