段ボールの衝撃から、人とつながる芸術へ――日比野克彦展 | iPhone写真家 SETSUKOのブログ

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iPhoneで写真を撮って自分好みに加工をするiPhone写真にはまりました。主に身の回りにある植物や風景を撮っています。小さな植物にも名前が付いていること、面白い特徴があること、植物の世界の不思議にも魅せられています2022.01からはiPhone13PRO です。



八戸市美術館で開催中の
「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」を観てきました。

会期:2026年4月18日(土)~9月23日(水・祝)
会場:八戸市美術館
住所:青森県八戸市大字番町10-4

この展覧会は、2025年に水戸芸術館で開催された大規模な回顧展の巡回展です。

私が日比野克彦さんを知ったのは、学生の頃でした。

段ボールを使った作品を初めて目にしたときの衝撃は、今でも覚えています。身近で、決して高価ではない段ボールが、これまで見たことのないアートに変わっていたのです。



当時20代だった日比野さんは、イラストレーションやグラフィックの公募展で、毎年のように大きな賞を受賞。美術にあまり興味のない人にも、その名前が広く知られるようになりました。

若い青年が、既成概念を打ち破る新しい旋風を巻き起こしていく。その姿から、私は時代が大きく変わろうとしていることを感じたものでした。

今回の青森旅行では、八戸市美術館で日比野克彦展が開催されているとは知らずに訪れました。思いがけず再会できたのですから、本当にラッキーでした。

入館すると、最初に展示の見方について説明を受けました。

展示室では、外周に作品が並び、その内側を囲むように、日比野さんの誕生から現在までの歩みが年表で紹介されています。

そこには、その年に起きた出来事だけでなく、本人直筆のエピソードや考えも書き加えられていました。関係者の視点、漫画や絵本なども取り入れられ、日比野さんの人生と表現活動をさまざまな方向からたどれる構成です。

日比野作品の特徴の一つは、絵や立体作品とともに、手書きの文字や文章があることです。



文字を書くことと線を描くことが、切り離されずに存在しているように感じました。

言語化が苦手な私には、少し耳の痛いところでもあります。作品を作るだけでなく、そこに込めた考えを言葉にすることの大切さを、改めて教えられました。

驚いたことに、日比野さん独特の手書き文字は「HIBINO FONT」としてフォントにもなっていました。文字までが作品であり、表現の一部なのです。



そして、日比野さんの記憶力にも驚かされました。

本人は0歳の頃の感覚にも記憶があると語っています。また、幼い頃、帰る家を間違えて一人ぼっちになり、橋の上で母親を待った日のことも鮮明に覚えていました。



そのとき初めて、「人はひとりなのだ」と意識したといいます。

けれども、人は一人では生きていけません。自分の気持ちは、表現しなければ他者には伝わらない。「誰かに会いたい」「誰かとつながりたい」という思いが、絵を描くことにつながっていきました。

この体験こそが、展覧会タイトルの「ひとり橋の上に立ってから」の原点なのでしょう。

私は日比野さんを「段ボール作品の作家」という印象で捉えていました。しかし今回、その後も実に多彩な活動を続け、着実にキャリアを築いてきたことを知りました。



1990年代には自分自身と向き合い、形として残らない表現を模索。2000年代以降は、地域の人々と協働するアートプロジェクトへと活動を広げていきます。

現在は東京藝術大学の学長を務め、美術を教育、福祉、医療、地域社会へとつなぐ実践にも取り組んでいます。

東京藝術大学の入学式の映像も印象に残りました。

日比野学長から新入生へ贈られたのは、一般的な式辞ではなく、「自分の夢を一枚の紙で表現する」という制限付きの課題でした。そして、学生一人ひとりの夢が集まり、その空間全体が皆の夢を形にする作品になっていきます。

入学式さえも表現の場に変えてしまう――その発想に、既成概念にとらわれない日比野さんのすごさを感じました。

八戸市美術館では、展覧会とあわせて「KAIKONプロジェクト」も行われています。



岐阜にある倉庫で長く眠っていた約500点の作品を、プロジェクトメンバーである「アートファーマー」と一緒に開梱し、調査する試みです。

作品の梱包を「開ける」という意味の「開梱」と、未知の土地を切り開く「開墾」。二つの意味を重ねながら、作品との初めての出会いに生まれるドキドキやワクワクを、皆で分かち合います。



段ボールで時代に旋風を巻き起こした若者は、やがて一人で作品を作るだけでなく、人と人の間に橋を架け、誰かとともに舟で社会へ繰り出すアーティストになっていました。



しかし、形や活動の場所が変わっても、「誰かに会いたい」「誰かとつながりたい」という表現の原点は、ずっと変わっていないのだと思います。

学生時代に受けた衝撃を思い出すとともに、アートとは完成した作品だけではなく、人との出会いや関係を生み出す行為そのものでもあるのだと感じた展覧会でした。