大手薬局チェーンの調剤薬局が「薬のカルテ」を記載せずに、診療報酬を不適切に申請していた可能性があることが報じられています。薬の副作用などを書き込むカルテと同じようなものに、患者が薬局で受け取る「おくすり手帳」があります。ここでも、診療報酬をめぐって不思議なことが起きています。
医師が患者を診るときにカルテを書くように、薬剤師も薬を出すときに患者の様子をみたり質問したりして、薬のカルテを書く。正式には「薬剤服用歴(薬歴)」という。
多くの薬局では電子化されていて、患者が以前と同じ薬局へ行くと、薬剤師はすぐにその患者の薬歴を確かめる。薬の効き具合や副作用をみて、薬の飲み方を改めて患者に伝える。薬歴を書いていない薬局に通っていた患者は、正しい薬の飲み方を伝えられていなかった可能性がある。
患者は、いつも同じ薬局に行くわけではない。そこで活躍するのが「おくすり手帳」だ。別の薬局に行っても、どういう薬を飲んでいるかが手帳を見せるだけで伝わる。薬の飲み合わせが悪く、副作用で死に至ることもある。それを防ぐのに役立つ。
手帳には、薬の名前や飲む量、注意事項が記される。これらの情報をシールに印刷して手帳に貼るのが一般的だ。これまでかかった主な病気、食べ物のアレルギー、副作用があった薬なども書いて医師や薬剤師に伝える。
おくすり手帳は一部の病院や薬局が配っていたが、2000年4月からは国の医療保険制度で広めることになり、多くの薬局が配るようになった。薬局はそれまでも、患者に薬の飲み方を説明することで1回300円の「指導料」を診療報酬として得ていた。さらに手帳に薬の情報を書き込んで渡せば、1回150円を得られるようになった。
その頃、おくすり手帳は任意で、患者は手帳を断ることもできた。ところが、手帳の威力に気付かされるできごとが起きた。11年3月の東日本大震災だ。病院や薬局が被災するなか、患者がどういう薬を飲んでいるのかを把握するために、おくすり手帳が大活躍したのだ。
そこで翌12年、手帳をすべての患者に普及させることになった。薬局は、お薬の飲み方を説明するとともに、その内容を手帳に記入することで、合わせて「指導料」として410円を得ることになった。患者は手帳を断れなくなり、事実上の強制になった。
患者は手帳を忘れることもある。そのときに薬剤師が薬の情報が書かれたシールだけを患者に渡し「あとでシールを貼っておいてくださいね」という薬局もあり、制度的にも認められていた。
■シールのみ、報酬減額
ところが中には、薬の飲み方も伝えず、シールを渡すだけという薬局も現れた。これではシールを貼らず、手帳の意義を理解しない患者が出てきかねない。
そこで昨年4月、改めて制度改正があった。薬剤師がシールを手帳に直接貼れば、薬局は1回410円の指導料を得られるが、シールを患者に渡すだけならば340円に減るようになった。手帳も再び任意となり、手帳を患者に勧める動機付けを薬局に与えた。薬剤師は「手帳を持ってきてくださいね」と強く言うようになったといわれる。
それでも、患者は手帳を忘れることがある。そうすると薬局に入る報酬は70円減る。それを避けるために、知恵をめぐらす薬局もでてきた。
大阪府内のある調剤薬局では、手帳を忘れた患者に「仮手帳」を渡している。通常の手帳はシールを貼れるように数ページはあるが、仮手帳は紙1枚だけ。薬局はこれで410円を得られる。ここで働く薬剤師は「本当は認められないと思う。だけど続けている」と打ち明ける。
東京都内のタクシー運転手の自宅には、シール1枚だけが貼られたおくすり手帳がたくさんたまっているという。薬局へ行くたびに手帳をもらうからだ。「手帳を忘れると毎回こうだ」という。シールだけを受け取ることができることを、記者が指摘するまでは知らなかった。
厚生労働省は、簡易型の手帳は認めておらず、患者が複数の手帳を持っている場合はまとめるように薬局に指導している。
おくすり手帳を普及させるには、わかりやすい制度のなかで、患者にその価値を実感させる必要がある。
(風間直樹、丸山ひかり)
