夫が亡くなりました。8月25日の朝、トイレに行った時、大きな声がして、行ってみるともう歩けなくなっていました。

 

すぐ119番に電話して救急車で病院へ。

 

肝臓の中の門脈が詰まっていて、その上の部分が破裂して出血したそうです。

 

そうなると、そうしている間にもなくなることが多いそうですが、夫は、何とか元気でした。

夏前から食欲もなくなり、少ししか食べていなく、夏バテだと言ってお医者さんから出していただいた漢方役を飲んでいたのですが、、、。

 

前夜、「しんどいけれど、明日は心斎橋に点滴に行こう。約束したことは、守らないと。」って言ってました。

 

病室に入った夫は、それでも元気でいろいろお話していました。26日の朝、スマホから電話があり「朝ごはん食べられないから、食べさせに来て。」って。

 

すぐ行きました。でも、ほんの少ししか食べませんでした。

 

色々みんなにお世話になったことや昔の話をよくしました。

 

「お父さん私と結婚するとき、私を幸せにするって思ったでしょう。幸せにするって、お父さんが長生きすることだよ。」っていうと、「そうだね。」って答えたり

 

「今まで、お父さんは私に一杯いろいろしてくれて、私はいつもありがとうって言ってたよね、今度は、お父さんが退院した時、車いすになるけれど、私は一生懸命お父さんのお世話をして、お父さんにありがとうを言ってもらえるようにするからね。」というと「ありがとう。」って言ってました。

 

毎日2〰3回は、病室に行きました。面会時間はあるんだけれど、付き添いという形で許可してもらいました。

 

5日目に輸血をしてもらったときには「死ぬ気がしないわ。」って。息子たちの前で話し、「美味しいもの食べに行っておいで。」って言ってました。

 

やがて寝てしまうことが多くなり、食べ物も食べられなくなりました。口から入れられないなら、皮膚から栄養を入れようと、外国製のシールをいっぱい貼りました。

 

肝臓で炎症が起きていて、それが胃を圧迫してずっと一日常しゃっくりが止まらなくなりました。

 

どうすることもできないから医者は、「ようすみるしかしかたない。」って。

 

息子は、水素は、炎症を抑えミトコンドリアの働きを正常にしてくれるのでということで「水素発生装置」の機械、を買い水素を毎日鼻から入れました、3日ほどでシャックリが無くなりましたが、もう疲れたのでしょう、もう何も話せなくなり、ほとんど寝ています。

 

急性期の患者は、転院しないとだめだそうで、関連病院を紹介してくれて次男と一緒に面談にも行きましたが「ここは緩和病院で積極的な治療はしません。腕に貼るシールもダメ。ましてや.いろんな器具を持ち込むのは、もちろんダメ。面会も決められた時間だけ。」

 

こんなところに入ったら,家族が後悔するだけ。いろいろ探しました。老人ホーム的なところも、、、。でも、医者は常駐していません。

 

そんな時、息子と親しくしている医者が伊丹市に病院を持っていて「できるだけのことはするし、水素の装置もいいよ。」って言っていただき。民間の救急車で伊丹市の病院に9月27日に代わりました。

 

その時、ドクターは,「もう黄疸も出ているし、腹水もたまっているし今日、明日にでもなくなるかもしれないけれど、静かに見守ってあげようね。」って言われました。

 

私は、近くのホテルから毎日通うつもりでしたが、夫のそばを離れられません。

 

夫のそばでソファーで寝ました。2日に一回東京の息子が飛行機で伊丹へ、それからタクシーで病院へ。おいていた私の車でわが家に連れて帰ってもらい、お風呂に入って休みました。あくる朝は、また車で病院へ、そのあと私が息子を乗せて駅まで送り、息子はそこから伊丹空港から東京へ。

 

そんな生活が1週間続きました。10月4日、血圧も下がり、尿のでも悪くなりました。

 

ドクターも「もうダメかも。」って、ほとんど寝ずに血圧ばかり見ていました。明くる日のお昼ごろに、息を引き取りました。

 

今まで痛い時もあったでしょうが、夫はいつも「男は、痛いなんて言わない。」ってそれを貫き通しました。私はいつも「大丈夫だよ。」って励ましました。すると、言葉は出ないけれど、口パクで「ありがとう。大丈夫。」って言ってました。

 

悲しいです。涙は、もうなくなるほど流しました。でも、できるだけのことはしたので、、、。体があまり丈夫ではなかったけれど47日も耐え、80歳まで生きてくれました。もう今は、夫に感謝しかありません。

 

「ありがとう。お父さん。」

 

わが家に来られるお客さんみんなが「これは、美味しいね。」と言ってくれるケーキがあります。

 

それは「お芋のタルト」です。

 

このレシピは、何年も前、友達にもらったものですが、それレシピをもとに自分なりに作り変えました。

 

毎年、秋になると作っていたのですが、ここ2年ほどは、まったく作らずでした。

 

このタルトを作るために、毎年、紅はるかの芋づるを10本植えていました。

 

去年は結構たくさんのお芋を収穫したのですが、一度も作りませんでした。

 

9月になってお買い物に行くと、紅はるかのサツマイモが出ていて、それを見て「一度作ってみよう。」と思い作ってみました。

 

この頃、買い物に行って、パンやお菓子の袋入りの裏を見ると、植物油脂、ショートニング、トレハロース、ソルビトール、マーガリンらが入っていて、これらは、体に良くないので買えません。

 

ちょっと高級なものは、マーガリンを使わずバターを使っていますが、そんなお菓子は、スーパーには置いていません。

 

マーガリンは、トランス脂肪酸で色々な病気のもとで怖いです。

 

そうなると、自分で材料を吟味して作るしかないです。

 

この前、次男が来たので、このお芋のタルトを食べさせました。

 

ほとんど間食しないし、甘いものも食べない次男ですが、「これ美味しい。作り方教えて。」って。

 

何も作ったことのない次男に作れるわけないし、それに材料をそろえたり、ケーキ用の器具もないのに無理です。

 

「たいていのケーキは、甘いけれど、この甘さはちょうどいいわ。」

 

半分のこっていたケーキを「これもらって帰ってもいい?おやつにいいわ。」って。それで、包んで持たせました。

 

このケーキは、最初に頂いたレシピの砂糖の量を半分ぐらいに抑えているし、でも甘いのは、まずお芋を焼きいも芋にする事と、甘い種類の紅はるかを使うこと。

 

鳴門金時では、こんなにおいしくできません。

 

それから、元のレシピの1,5倍ぐらいの焼き芋を利用することや卵は、ケーキをふわーっとさせるためにしっかり泡立てています。

 

小麦粉は少なめにアーモンドプードル(ア-モンドの粉)をたくさん使っています。

 

小麦粉に含まれるグルテンは、腸を固くするそうだから、できるだけ少なくしています。

 

焼き芋さえあれば、準備に30分、オーブンで焼くのに30分。だから1時間で出来上がりです。簡単にできるので、ありがたいです。

 

 

 

 

 

 

昨日、息子が「はい、これ頂き物。食べて。頂き物だけれど。」と言ってくれた箱入り。

 

ずっしり重い。開けてみると、なんと大きな大きな粒のマスカット。

 

今、冷蔵庫には、ふるさと納税のマスカットが入っていて、それも結構大粒ですが、比べ物にならない大粒。

 

余りの大粒、重さに、どれぐらい重いのかなと量ってみると、845gもありました。

 

すごい。こんな立派なもの、嬉しいけれど、食べるのもったいないなって思いました。

 

農家の人も、こんな大きな房ができたら、嬉しいだろうな。