夫のいつも言ってたことは、「一生は一度だけや。ほしい物は買い。食べたいものは食べ。それぐらいのお金はある。辛抱するな。」って。
そう、まだ新婚の時。心斎橋を歩いていたら、すごく素敵な総絞りの着物が飾ってあって、私は、その着物に見とれて立ち止まっていました。
夫は、その姿を見て「欲しいの?買ってあげようか?」って。「欲しくないよ。あまり綺麗から見ていたの。」と言いましたが,あくる日、また「あの着物いいのか?ほしかったら買ってあげるよ。」って言ってました。
私は、小さいころに父を亡くし、母子家庭で育ちました。母の父は、「学問はしっかり身に着けておき。人に盗まれないから。」ってよく言ってました。
母は、よく働いて私を大学まで出してくれました。私も、そんな母を見ているから、ぜいたくしないで育ちました。今も,あまり欲しいと思うものはないです。
夫も、大学受験の時に父親を病気で亡くし、大学は、奨学金を受けながら、また、自分でアルバイトをしながら授業料を払っていたそうです。
でも、夫は、お金には綺麗な人でした。私のお金は、自由に使い、って。生活費に回したことはありません。
結婚する時の私の条件は、私の母を大事にしてくれる人だったので、子供が生まれたときに、母は、私たちと一緒に住んでくれ、子供の世話をしてくれました。
だから、私も楽しく良く働きました。その母は、92歳で亡くなりましたが。
「男は、痛くても痛い。というものではない。」って、よく言ってました。それを貫き通しました。立派です。
割り勘も嫌いな人でした。友だちと食事に行っても、夫がお金を出すことが多かったみたいで、夫のスマホにはお礼のメールがよく来ていました。
息子が大学卒業の年に「就職しようか?」って言ったとき、「お母さんもお父さんもまだまだ働くので、大学院まで行って勉強したら。」「じゃ、そうするわ。」
息子が、卒業した時「たくさん学校出してもらったから、恵まれない子の支援をしていく。」って話していたな。
この頃は、息子が帰ってくると「何か事業するなら、資金出すよ。」って、よく言ってました。
夫は自分のことより、周りの人のことを大事にしていました。夫に「嬉しい時はどんな時?」と尋ねると私が喜んでいるときが一番嬉しいって。
常に私を大事にしてくれました。「楽しいことは?」というと「旅行。」って。いろんな珍しいところを見るのが好きでした。色々なところに連れて行ってもらいました。
外出した時、私が、夫にバックを預けて、トイレに行くと、私がトイレから出てきたら、必ず自分のハンカチをポケットから出して渡してくれました。
いろんなものを買うときも「それいいね、買ったら?」って言ってさっとお金を出してくれました。
旅行もいろいろ連れて行ってくれました。でも、すべて夫がお金を出してくれていました。自分のお金は、出したことがありません。自分の車を買うときは出しましたが。でも最初の車のカローラは、夫が買ってくれました。
夫が亡くなってから、長男がお父さんのスマホのメールに「お父さんへ。」と書いているのを見ました。
それを読んでまた、いっぱい泣きました。お父さんを尊敬し感謝している内容で、これからは、お母さんを守っていく、また、社会に貢献できる人間になる等、書かれていました。次男もそれを読んで「涙が出たわ。」って言ってました。
友達から「残されたものは、強くたくましく生きていくのが務めだよ。」って、メールが来ました。
子供のためにも、生きないといけないなって思いますが、寂しいです。
昨日からもう10人、夫の友達が来てくれてました。今、暫くは、気がはっているけれど、、、。寂しさは、募るばかりです。