今日は、午後から卓球でした。9月の中旬ぐらいに「夫が病気で入院しているので、私もここ1か月ぐらい卓球お休みしますね。」と言って休んでいました。

 

その間、卓球仲間から、メールでお見舞いや励ましの言葉をいただき、嬉しかったです。

 

昨日も2人の方から、「ご主人お大事に」のメールをいただきました。もう夫はなくなっているんだけれど、夫も一緒にこの前まで楽しく卓球していた夫が亡くなったとは言えなくて、「ありがとうございます。」しかメールできませんでした。

 

亡くなっただけが先行してしまいそうで、どんなに夫が頑張っていたか、その経過は正しく伝えられないような気がして、亡くなっているにもかかわらず「ありがとう。」としか言えなかったです。

 

それが、人をだましているような心苦しい思いをしていました。

 

今日みんなに色々お話しできて、ほっとしました。みんなは、びっくりしていましたが、、、。

 

「旦那さんは、いつも貴方のことをかばっていたし、仲良かったものね。」

 

そう、みんなで楽しく卓球できて夫も喜んでいました、楽しい時間を持てました。

 

本当にみんなに感謝です。いい仲間たちです。

美味しいものを食べてもらいたいという気持ちで作るのは、料理だと思う。

 

夫が元気な時は、いろいろ工夫して美味しいものをよく作りました。

 

「これ美味しいね。」って言われると嬉しくて、またいろいろ作りたいと思いました。

 

昨日は、お昼ごろに夫のいとこ夫婦が来てくれて、一緒に「魚屋」さんで、お寿司を食べました。そのあとは、我が家で夕方5時ごろまでお茶をしておしゃべりしました。

 

彼女は、夫をまるで兄みたいな感覚でいました。去年も「逢喜の郷」に招待してお肉を食べました。

 

夫が亡くなったことにびっくりしていました。若かりし頃、堺駅の近くのマンションに住んでいました。夫のいとこは、愛媛県に住んでいて、堺市に住む彼氏とお見合い結婚しました。

 

デートの時は、我が家に泊まったこともあります。

 

すごく仲良し夫婦で、一人娘も結婚して今では、夫婦だけで住んでいます。

 

旦那さんは、毎朝、2時間ほど歩くのだそうで、夫の新品の靴(革靴と運動靴)3足もらってもらいました。足のサイズが夫と同じで、気に入ってもらってくれました。

夫は買い好きで、いろんなものいっぱい買っているので、まだまだ新品のがあります。知っている人にもらってもらえてよかったです。

 

料理の話も一杯しました。

 

夫が亡くなった今、いろいろ工夫して料理を作る気がしません。冷蔵庫にあるものを食べるだけで、やっぱり、喜んでくれる人がいないと、自分のためだけには作れないな。

 

生駒の友達から、メールで、胡蝶蘭を送ったから、お供えしてって。

 

有難いことです。みんなに感謝です。

夫のいつも言ってたことは、「一生は一度だけや。ほしい物は買い。食べたいものは食べ。それぐらいのお金はある。辛抱するな。」って。

 

そう、まだ新婚の時。心斎橋を歩いていたら、すごく素敵な総絞りの着物が飾ってあって、私は、その着物に見とれて立ち止まっていました。

 

夫は、その姿を見て「欲しいの?買ってあげようか?」って。「欲しくないよ。あまり綺麗から見ていたの。」と言いましたが,あくる日、また「あの着物いいのか?ほしかったら買ってあげるよ。」って言ってました。

 

私は、小さいころに父を亡くし、母子家庭で育ちました。母の父は、「学問はしっかり身に着けておき。人に盗まれないから。」ってよく言ってました。

 

母は、よく働いて私を大学まで出してくれました。私も、そんな母を見ているから、ぜいたくしないで育ちました。今も,あまり欲しいと思うものはないです。

 

夫も、大学受験の時に父親を病気で亡くし、大学は、奨学金を受けながら、また、自分でアルバイトをしながら授業料を払っていたそうです。

 

でも、夫は、お金には綺麗な人でした。私のお金は、自由に使い、って。生活費に回したことはありません。

 

結婚する時の私の条件は、私の母を大事にしてくれる人だったので、子供が生まれたときに、母は、私たちと一緒に住んでくれ、子供の世話をしてくれました。

 

だから、私も楽しく良く働きました。その母は、92歳で亡くなりましたが。

 

「男は、痛くても痛い。というものではない。」って、よく言ってました。それを貫き通しました。立派です。

 

割り勘も嫌いな人でした。友だちと食事に行っても、夫がお金を出すことが多かったみたいで、夫のスマホにはお礼のメールがよく来ていました。

 

 

息子が大学卒業の年に「就職しようか?」って言ったとき、「お母さんもお父さんもまだまだ働くので、大学院まで行って勉強したら。」「じゃ、そうするわ。」

 

息子が、卒業した時「たくさん学校出してもらったから、恵まれない子の支援をしていく。」って話していたな。

 

この頃は、息子が帰ってくると「何か事業するなら、資金出すよ。」って、よく言ってました。

 

夫は自分のことより、周りの人のことを大事にしていました。夫に「嬉しい時はどんな時?」と尋ねると私が喜んでいるときが一番嬉しいって。

 

常に私を大事にしてくれました。「楽しいことは?」というと「旅行。」って。いろんな珍しいところを見るのが好きでした。色々なところに連れて行ってもらいました。

 

外出した時、私が、夫にバックを預けて、トイレに行くと、私がトイレから出てきたら、必ず自分のハンカチをポケットから出して渡してくれました。

 

いろんなものを買うときも「それいいね、買ったら?」って言ってさっとお金を出してくれました。

 

旅行もいろいろ連れて行ってくれました。でも、すべて夫がお金を出してくれていました。自分のお金は、出したことがありません。自分の車を買うときは出しましたが。でも最初の車のカローラは、夫が買ってくれました。

 

夫が亡くなってから、長男がお父さんのスマホのメールに「お父さんへ。」と書いているのを見ました。

 

それを読んでまた、いっぱい泣きました。お父さんを尊敬し感謝している内容で、これからは、お母さんを守っていく、また、社会に貢献できる人間になる等、書かれていました。次男もそれを読んで「涙が出たわ。」って言ってました。

 

友達から「残されたものは、強くたくましく生きていくのが務めだよ。」って、メールが来ました。

 

子供のためにも、生きないといけないなって思いますが、寂しいです。

 

昨日からもう10人、夫の友達が来てくれてました。今、暫くは、気がはっているけれど、、、。寂しさは、募るばかりです。