メタでの投稿で、伊都子さんの覚悟を知り、貰い泣きしそうになりました( ; ; )
麻のことを伝えようとすると、戦後、徹底的に麻薬としての教育が行き届き、何かしらの妨害や、法律的な規制がかかっていて、前へ進めないことを体験して来ました。
衣類としても、健康を促す植物としても、プラスティックやコンクリートの代わりとしても、車を走らせる燃料としても、大いに役立つ麻のこと。
ご存知の方もいらっしゃると思います💖
麻の啓蒙活動から、一旦は完全に手を引こうとされていらした伊都子さんが、ある方に出会い、再び熱く活動を再開されようと想いを新たにされたこと、同志として応援したいと思います。
先ずは、伊都子さんの文章をシェアさせていただきます💖
以下、転載
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タイで大麻の神に出会った。
大麻は合法化した国も増えたとはいえ、未だドラッグとして禁止されている国も多く、日本でも数年前までメディアでは悪魔の草と報道していたのも記憶に新しい。
未だ日本では持っているだけで逮捕されてしまう『植物』である。
世界中の大麻活動家は命懸けで戦い続けていた。
私が入った10数年前の合法化運動のころは、もう日本の活動家が下地を作ってくれ、声高に叫べは誰かが反応してくれるくらいであった。下地を作ってくれた恩恵の中ではじめたことであった。全く彼らの比ではない。
あまり人を羨ましいとか、憧れや目標のなかった私にとっ彼はまさしく大麻の神でありはじめて目標となった人だった。
ベン ドロンカーズ
1985年にオランダの起業家とアメリカの園芸学者、エド・ローゼンタールと共に世界初めての大麻博物館を設立した活動家である。
グロワーならよくご存知かと思うが、これまた世界で初めての大麻種を販売する『センシシード』の創業者でもある。
オランダから睡眠薬の需要が減ったといわれるノーザンライトは未だ人気の品種でありgoto sleepとして名高い品種である。その功績は、はじめて大麻が目に見えて医療を脅かしたと言っても過言ではない。
合法化運動に参加した私の目標は最初からきまっていた。
オランダでできるなら日本でも。必ずその日がくると信じて活動してきた。
そんな神と崇める彼に昨年会えた。
その前から大麻活動家を辞めると宣言した私は最後の役目としてタイのイベントパビリオンの設営と着物の着付けのいちスタッフとしての参加だった。
CBDやカンナビノイドを取り出し法改正もグレーなまま推し進める業界になってしまい、大麻の全てが素晴らしいのだと言っていた私はこの業界に居場所がなくなったと言ってもよい。
グリーンラッシュなど、どうでもよかった。
こんなことだけでお金儲けするなら最初からやっていない。日本を変えたい!それだけが私を支える思いであった。
そんな想いも伝えきれずふつふつしながらの参加であった。
会場はまさしくグリーンラッシュそのもの。
日本は精麻の歴史と伝統文化だけをもっての参加であった。日本は遅れいて精麻しかない残念という会場にいた日本人の言葉に愕然としながらである。
そんな中、神に会えた。
思いもよらぬ事だった。
すっぴんで会場設営のためボロボロで走り回る中、彼に出会えた。
泣けた、とにかく嬉しかった。あなたは私にとって神であり目標であると伝えた。いち日本人があなたの活動に感動し今まで追いかけてきた。そんな想いが込み上げアホみたいに泣いた。
彼が何を言ってくれたか覚えてない。ただ抱きしめてくれ今までの苦しさ辛さを全部わかってくれたかのように思えた。ただ嬉しかった。ひとつの観念が終わった日でもあった。
そして今、もう一度大麻の素晴らしさを伝えようと思った。伝統でも料理でも医薬でもいい。続けなければ!と奮い立ったのである。
誰に説明する訳ではない。
ただこの記憶を鮮明に覚えていたい。そして繋げたい。
アムステルダムにはまだ行けてないのが残念だが、いずれ行く。
また走り回って転ぶかもしれないが、それでもいい。
彼らのやってきた功績を日本でも引き継ぐ事、未来に繋ぐ事が私の役目である。
もう迷わない。
それだけはわかっている。
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以上、転載終わり
みんなの広場で扱っている麻製品は、貴重な国産のものが多く、入荷してもすぐに売り切れになってしまいます。



