【2013アーカイブス】ふーちゃん(6組)ダイジェスト1 | 西山夕焼け通信 61春

西山夕焼け通信 61春

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京都西山の麓に育った子どもたち、
1970年に小学校に入学し、
1979年に中学を卒業した彼らも
すでに60代になった。
このブログはこれからの人生を
西山の夕焼けのごとく
あざやかに彩るために配信していきます 

11年前は幹事だった、

ふーちゃん(6組)執筆。

タイトルは「ふじじの書道一直線」

ダイジェスト版は1~3まであり。

 

👨

藤井Y

ふーちゃん、ふじじ:向陽小卒

1年9組小倉学級、3年6組尾藤学級

参加は未定。

 

乙訓中学、昭和54年卒業のみんなぁ、

どないしてますかぁ~。

平成25年の年明けは33年ぶりに

日常の喧騒忘れ去り、仕事始めの前日、

ええ思い出と懐かしく楽しい話題で

盛り上がりましょう。

あのころの懐かしい思い出……。

人それぞれさまざまな

思い出があることでしょう。

入学式の松田校長のあいさつ、

覚えてますか?

「学ぶとは真似ること、

良い見本として尊敬できる、

ひたむきな師匠として

仰ぐ人の姿を見て、

自分もそこに落とし込み、

習うことである」

なんと重要なことを

教えていただいたことかと……。

ほんと乙訓中学には感謝の一言。

 

乙訓中学時代といえば、

やっぱり勉強はそこそこに、

いちばん興味があったのは、

「同級生の女子」と違うの?

と僕的には思います。

それからやっぱり、

なんと言うても音楽に対して。

当時、矢沢永吉の『ゴールドラッシュ』が発売され、

擦り切れるまで何回も聴きましたわ。

『長い旅』は今でも名曲中の名曲ですわ。

『アイラブユーOK』『A DAY』も……。

最近のナンバーよりも

当時の永ちゃんがええかなぁ。

それから洋楽。

掃除当番のとき、

ロッド・スチュワートの『アイムセクシー』、

ホウキをスタンドマイクかわりに、

サビの部分を、

キマ、かおる(ともに6組)とボクで

よう真似して歌ってましたわぁ。

ほんまにどれも懐かしいことばかりですね。

 

 

 

それは、卒業よりもさかのぼること、

約2年前、まだ小学校上がって間もなく、

僕は当時1年9組だった。

たしかケンケン(3年9組)と

同じクラスだったように思います。

今や姿かたちもない木造校舎の2階だった。

月1回、木床にモップで

油ひいてましたからねぇ

ノートとか床に落とそうものなら

油がつきますからね、

向陽小学校の時代と

何も変わりませんでしたわぁ。

そのときの担任であり

理科の先生であり、

実験が多かったため

白衣を日常的にまとわれていた

小倉先生。

なにかにつけて

怒られていたことを思い出しました。

席が前のほうで、至近距離で、

先生の瞳にはコンタクトレンズが

ズレて落ちているのではないか、

という心配しながら……。

でも怒られるのと裏腹、

非常に優しく指導していただきました。

ありがとうございました。