あれから三年(2) | セトのブログ

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歌と英語と作曲と。

(先日の続き)

「ご家族の方が見えられてから、、」

って言われても、
ここは地元じゃないから兄貴も母も、、
っと一瞬思ったのだが、そうだった。
詳しくはいずれまた書こうかと思ってるけど、俺には父親が死んでから新しく出来た弟がいる。
奴も東京に住んでるんだった。(しょっちゅう会ってるのにね。)


病院に着いたのが0時、
今は朝の4時過ぎか、、
こんな時間に知らない番号から掛かってきた電話に、奴は出るのだろうか。
出たとして、病院からだと聞かされてどんな気持ちだろう。なんか、わりぃなぁ。。
なんて考えたものの、他に選択肢が無いので連絡する事に。


うまく連絡が取れたみたいで平静を装った弟登場。

「ごめんなー、こんな時間に。まぁ、起きとるとは思ったけど」と笑顔で迎えておく。

この時、弟は説明を受けたあとだったのだろうか。うろたえてるのを押し隠してバレてる、そんな感じだった。



弟退場、主治医入場。

先生、俺の目を見て

「クモ膜下出血です」と切り出す。

その単語は聞いた事あったけどそれが何だか知らない自分は、

出血って、血が出たくらいで大騒ぎするなよ、と言いそうになったけどあまりの場のシリアスさから、続きを聞いた方が良さそうだと判断する。


説明を要約すると、

クモ膜下出血がもたらす可能性があるのは、

(1)即死(3分の1)

(2)出血から48時間以内に適切な処置を受けられなければ、例外無しに100%死ぬ。

(3)処置が間に合っても障害者になる可能性がある。

   一生まともに話せないとか歩けないとかかなり重度なもの。

(4)社会復帰出来る可能性もある。

(5)処置が早いかどうかが生き残れた場合の健常者度に大きく影響する。



一人の時に出血してそのまま意識を失ってしまって手遅れで発見される事も多いそうだ。

自分の場合は、即死を免れてる事と病院に来れて処置が間に合った事との2つから、運が良かった部類に入るらしい。
逆に言えば合併症からの死と、歌えなくなったり楽器が出来ない可能性、そして英語どころか日本語も話せなくなる事を視野に入れなきゃいけないって事。。。だな。うん。


先生、、

さっさとやっちゃってー。



つづく
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